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いつも日付変更線をこえてしまう2024年5月14日
パソコンを立ち上げるには中途半端に時間を使ってしまった5月13日の夜。
誕生日でもなければ、命日でもない。
ただ、子どもの頃から特別の日として忘れることができない5月13日は、両親の結婚記念日だった。
取り立てて特別なお祝い事をしていた訳でもない。
ケーキ?パーティー?豪華な夕飯?
そんなことは一切なかった。
ただ、1度だけ。
建築業の父が、いつも通りホコリまみれの作業服で帰宅した際に、近所の花屋で作ってもらった花束💐を手にしていたことがあった。
母「どうしたの?その花?」
父「今日は結婚記念日だから…」
突然、花束なんか… びっくりするよ。
お父さん、どうしちゃったんだろう…
ぶつくさと、さも、不満げに文句を口にする母ではあったが、
それが照れ隠しであることなど、幼い子どもでも感じ取るのは容易であった。
物心ついた時から「結婚記念日は両親の特別な日なんだろうな」は理解していた上に、
その一件があったからなのか、
小学校で家庭科の授業を受ける年頃になると、
フエルトを使って両親の人形を作り、お菓子の空き箱に容れて
「結婚記念日、おめでとう」
とプレゼントをしたことがあった。
父からの花束にはぶつくさ文句を垂れた母が、
粗末な空き箱入りの下手くそな一対の人形を
それはそれは喜んで受け取ってくれて、父に何度も見せては喜びを語り、
挙げ句の果てには、ガラス窓の本棚の、良く見える場所へ飾っていたのだった。
そうなると、恥ずかしいのはコチラの番なのだが、
母を喜ばせることが出来たことの手応えは恥ずかしさを上回り、
その後、毎年欠かさずに『結婚記念日おめでとう』『結婚してくれたお陰で、今、ワタシはここにいる。ありがとう』を両親へ伝え続けてきた。
離婚をしている自分には、入籍した日をなんとなく覚えているものの、他愛もない1日でしかない。
もちろん、子ども達から『お陰で、今…』も無い。
むしろ、「よくもこんな家庭に産んでくれやがったな」と怨み辛みの言葉が投げつけられることもしばしば。
子ども達からは、母の日を完全に忘れ去られて
なし崩しに過ぎた5月12日と、
両親がいない今もなお、意識せざるを得ない5月13日の夜に
なんとも言えない気持ちをこの場に吐き出してみた。