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この世の幻想に向かうとき

朝の目覚めはあまりすっきりではなかった

なんだか頭の左後ろあたりが痛いような重いような
目を開けるのが面倒くさい
手足を動かすのも正直だるくて嫌だな

それでもやらないといけないことがあって
仕方なくベッドから滑り落ちる

尻餅をつく寸前でなんとか踏ん張って立ち上がったら
スリッパを探してみたけれどベッドのそばには落ちてない

フローリングの冷たいけれど少し柔らかい感触を感じながら
素足でリビングまで歩く

ドアを出て2、3歩で着くはずだったリビングルームのドア

開いているのか、閉まっているのか

振り返ると寝室のドアも玄関のドアも歪んで見える

立って歩いている自分だけが真っ直ぐに

家の中のものは全部ゆらゆらと揺らいで歪んでいる


どうしたんだろう
なぜこんなにふわふわなのか

めまいで倒れそうになりながら
回らない頭で考える

そうだ
スリッパを履いてないからだ
だから足元が揺らいでいて引き摺り込まれそうになっているんだ

自分と幻想の世界を隔てるものはスリッパなのだ

確信に似た氣持ちに縋りつつ
目の前の歪みになんとか合わせつつスリッパを探す

きっとスリッパさえ履けばなんとかなる
この幻想に引っ張られることもなく

この世界の歪みに引きずり込まれることなく
自分の足で立てるはずだ


スリッパはどこだ

揺れる頭の中で
視線だけでリビングの中へ入っていって
スリッパを探す

見つけたのは
寝る前に座っていたリビングのソファーの後ろ側

壁や家具や時には床にも手をつき
伝い歩きのような形でなんとかソファーに辿り着く

これでこの幻想から抜け出せる

ふと笑みがこぼれた

戻らなかったらどうしよう

そんな思いも一瞬よぎるけれど
それよりも早くこの揺らぎから解放されたい

自分ではとても素早く
でもきっと周りから見ればスローモーションで

そこにあるスリッパを履く


目を開けるとそこには見慣れた景色
昨夜寝る前に畳んだ洗濯物がソファーに置いてある

色も匂いも音も

全てはいつも通り

幻想は過ぎていった

私はスリッパと一緒にいつもの世界を取り戻した


良かった
心の底からホッとした感情が湧いてくる

これから先も幻想に向かうなら

このスリッパを履いていこう


自分の足元をしっかり揺るぎのないものにするために



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