浮遊移動
「あれ?今までどこに行ってたんだろう?」
メールの着信音に驚いて我に帰った。そこにあるスマホの画面にお知らせが表示されている。
氣がつくと、同じ格好のまま30分以上経っていた。クッションのきいた椅子だけど、どうにもお尻が痛くなっている。
椅子に座って、パソコンのデータ整理をしていた。古い資料や写真の数々。置いていても仕方のないものを消去したり、フォルダ移動して保存したり。そんな作業をしていた、はずだった。
「どこに行くもなにも、ずっと家の中にいるよね」そう呟いてみたら笑えてきた。
でも、絶対どこかに行ってたよね?と不思議と確信に似た氣持ちが降りてくる。
今さっき見えた景色は、今住んでる街でも、これまでに暮らした場所でもなかった。
どうしてあんな場所にいたのか、わからないけど。
なんだかとても懐かしかった。温かかった。周りは知らない人だらけだったけど、不思議と怖くもなかった。みんな優しくこちらを見て笑ってた。おかえり〜!って言ってくれた人たちもいた。
あれはどこなんだろう?
低層の建物がポツポツと立ち並び、電柱や電線はなく、空はここと同じように青かったけど、雲は薄いピンク色で、みている間にどんどんと形が変わって最後は消えて無くなった。
通りの向こう側には公園があって、子どもたちが遊ぶ様子も、ここと似た感じだ。
だけど何かが決定的に違っている。
それが何かというと・・・彼らには足がない。いや、厳密にいえば、足はあるけれど半透明で、動いているけれど歩いていない。
ほんの少しだけ地面から浮遊しているのだ。
それに氣づいた時、ちょっと驚いたけど、それもすんなり受け入れられた。そして「私の足は?どうなってる??」
恐る恐る、下を向いて足を見る。半透明だ。。。そして、やっぱり少し浮いている。
ああ、やっぱりここはいつもの場所ではないんだな。
歩くスピードと同じぐらいの速度で移動出来るようなので、ふわふわしながらいろいろ確かめる。
手は?ある!半透明じゃない。大丈夫、モノも触れるし重さの感覚もある。
足は浮いているので地面の感覚はない。今氣づいたけど、地面が少し暖かい。暖かいというより、熱いぐらいだ。だからか・・・足を守るために、ここでは浮遊移動を選んだんだ。誰に聞いたわけでもないけれど、そう納得した。
もう少し周りを探検する。街の中にはお店もあって、普通に商品も置いてある。食べ物色が少し濃い氣がする。そしてちょっと大きい。
道ゆく人たちと会話も出来た。挨拶も天気の話もちゃんと通じた。「お元氣そうで」と言うと「ありがとう。おかげさまで」と返ってきた。
移動手段が違うだけで、あとはあまり変わらないように見える街。
ここはどこなんだろう? どうしてここに飛んできたんだろう?
一生懸命考えていたら、遠くで聞き覚えのある「音」が小さく鳴っている。そこに焦点を合わせた途端。。。
チャララン、ラララン、チャラララン🎶
急にパソコンが目に入る。画面には保存フォルダに入れたはずの写真が映っている。
「戻ってきた・・・?」
さっきと同じように恐る恐る、下を見る。足は?ちゃんと見えている。部屋の中を歩いてみたら、床の感覚がした。
「良かった、帰ってこれたんだ」
少しほっとしながら、冷めてしまったコーヒーを一口飲んだ。
もしあの時、メールの着信音がしなければ。。。
あのまま浮遊しながらあそこで暮らしたんだろうか?地面の熱いあの街で。
おしまい