大奥(PTA) 第十話 【第二章 三役揃い踏み】
【第二章 三役揃い踏み】
<先の取締>
先の御吟味方(選出委員)取締(委員長)の荻野様は、本日にて一年の辛きお勤めより解放され、一刻も早くご自分の屋敷に戻り、御茶、茶菓子など頂きながら、御家族とほっとしたお気持ちで過ごされたいと思っておられましたので、来年の御吟味方(選出委員)の事など、ええい、ままよ、まずは本日のこの面倒なお役決めのみ一刻も早く終わらせてしまいたい、ここでお伝の方様が取締(委員長)に決まっておしまいになれば、万事は丸く収まるであろう……。などとお思いになり、なるべく声の調子を高く、さり気なさを装ってこの様に仰いました。
「そうでございますね。取締(委員長)とも成れば、実際の細かな御作業はここに居られる皆様方にお振り頂き、もし上手く運べば、大変易きお勤めで一年の年季を終えることも叶うやも知れませぬ。私ですら出来たことに御座いますから、そう恐るるに足らないお勤めにございましょうぞ」
<大典侍様>
「ほほう。大典侍どの、聞いたかえ?」
お伝の方様のお言葉を受けて、お伝の方様のお隣に座りし御方、お着物に焚き染めた薫香は麝香でしょうか、妖艶な香りが御所作と共に辺りに広がって参ります。そして、その方の懐に仕舞われた豪華な筥迫(ハンドバック)の房が鳴る音が、じゃらり、と御広座敷(多目的室)中に響いたので御座います。
大典侍様がうやうやしく懐から取り出されましたのは、見事な銘柄物(ブランド物)の筥迫(ハンドバッグ)に御座いまして、押絵細工で蝶の柄を施し、普通の筥迫の房であれば、糸を撚って束ねた撚り房がほとんどで御座いますのに、こちらの筥迫の房は、豪奢な銀のびらびら簪が六寸(約18cm)もの長さで片側に贅沢にあしらわれていらっしゃいます。その房が、近ごろ流行の御所解の小袖に大変映えておいででした。
「大典侍どの、如何かしら? 私が御吟味方(選出委員)取締(委員長)となり、そなたが取締御後見(副委員長)となられると言うのは」
お伝の方様は大典侍様をお誘いになられます。お伝の方様と大典侍様は元よりお知り合いであったご様子で、ご自分を名指して共に、と誘われた大典侍様は満更でもないと言ったご様子で、豪華な筥迫を傾けて銀の房をじゃらつかせながら、こうお答えになられました。
「あら、お伝の方様御自らのお誘いを頂けるとは、まことに光栄な事に御座いますわ」
お伝の方様、大典侍様のお二方が乗り気になられたご様子を拝見し、先の御吟味方(選出委員)取締(委員長)の荻野様は少しほっとされて、御二人のお気が変わらないうちにと、声を裏返して畳み掛けるようにこう申されました。
「まあ、素晴らしいこと。お友達同士で御三役をなされるなど、ほんに愉しき一年を過ごされますこと間違い御座いませんわ」
お伝の方様がそれを受けてこうお答えになられます。
「ま、まあそうかも知れませぬな。大典侍どの、それでよろしいでしょうか?」
「勿論に御座いますわ。お伝の方様と共に奥勤めが叶いますなら、さぞや愉快なことにござりましょう」
大典侍様が仰られたその時、
「ああら、お二方が三役にお成りになるなら、私とて構わないかしら?」
お伝の方様を挟まれて大典侍様の反対側の座のお方が御手を挙げられました。
このお方、大典侍様、お伝の方様に比べると少し恰幅の良いお方で、挙げられた御手の指先を彩る鳳仙花染めの濃き赤橙色の爪紅(ネイル)が、皆様の視線を一点に御集めになりました。
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