大奥(PTA) 第十一話 【第二章 三役揃い踏み】
【第二章 三役揃い踏み】
<お富さん>
このお方はお富様と申しまして、大典侍様とお伝の方様という二人の洒脱な領袖(ファッションリーダー)をいつも意識した服装をなさっているようにお見受けします。
本日も、お二方よりいくらか型はお古いですが、やはり流行の御所解きの小袖を着込まれ、髪型もよそゆきの片外しに結っており、鼈甲の代用品の牛爪の簪を斜めに挿していらっしゃる。お口元も、流石にご裕福なお伝の方様のような高価な紅花の紅を惜しまずにたっぷりと、とはいかない様で、下地に墨を塗るなりして紅の深みを出そうと工夫されていらっしゃるご様子でした。
「あら、お富さん、あなたも取締御後見(副委員長)のお一人に名乗り出られると申されるので御座いますか?」
お伝の方様がお尋ねになると、お富様がお答えします。
「勿論に御座いますよ。我々三人、昔から何にくれと共にお役を果たして来た仲では御座いませんか。誘って頂けないなんて水臭うございますよ」
お富様が粘りの有る低音のお声を裏返してこうおっしゃると、お伝の方様は、少しの間を置いて、大典侍様と何やら目配せしたあと、こう仰います。
「そうねえ……。大典侍様も異論はございませんこと?」
「お伝の方様が宜しければ、無論、私に異論など……」
大典侍様は、あの豪奢な筥迫の房とお揃いの銀の房が付いた袖扇を、時節はまだお早いですが、開いてゆるりと優雅にはためかせながらお答えになりました。
お富様が二人目の取締御後見(副委員長)にお決まりになれば、ようやっと三役揃い踏みと相成る訳で、一刻も早くお役を終えたい荻野様は、より一層声を高くして申されます。
「まあ、素晴らしきこと。仲の良いお三方で御三役のお勤めが叶うなど、何と愉しきこと哉。のう、お伝の方様、是非にこの方を取締御後見(副委員長)に」
荻野様は縋るような目付きでお伝の方様に仰いました。 お伝の方様はお答えなさります。
「ま、良いでしょう。お富さん、共にこの一年、御吟味方(選出委員)御三役、勤め上げましょうぞ」
<筆跡(て)>
終始このやりとりをご覧になっていた安子様は、生真面目に細筆で懐紙にお名前など留め書き(メモ)をなさりながら、本日もまた日暮れ近くまでお役決めが続くものと半ば諦めの御境地でいらっしゃりましただけに、此度は御三役、いとするりとお決まりになりましたこと、誠に喜ばしく思われました。吹き矢(くじ引き)も無く御自ら三人ものご有志に名乗り出て頂けるなど、なんと天晴な心掛けで有ろう。きっとお心映えも優れたるお三方なので御座いましょう、と御推察なさるのでした。
重き三役のお役目がようやっと決まりましたところで、残りは御右筆(書記)と勘定方(会計)、各お一方を残すのみとなりました。
「どなたか、名乗り出て頂けるお方はございませぬか?」
荻野様の呼びかけに、皆様また例の沈黙でお応えするうち、四半刻(約30分)ほど過ぎた頃合いにございましょうか。
「あ、そなた……」
気配をなるべく消して居られた安子様で御座いましたが、沈黙を厭われたお伝の方様が辺りを見廻しました処、まるで鷹が獲物を捉えた様なまなざしで、その白いお眉がぴくりと上下致しました。お伝の方様は、後方の座にて安子様が先程留め書き(メモ)されておりました懐紙に御目を止め、安子様に声をお掛けになられました。
「そなた、なかなか良い文字をお書きになるではないか」
お伝の方様がお褒めになると、
「え、いいえ、めっそうもない事にござります」
安子様は謙遜なさってお伝の方様にそう申し上げましたが、実を申せば、武家のおなごのたしなみとして、筆使いには覚えがないではなく、懐紙に細筆でさりげなく物された崩し文字は、なかなかに流麗で、大変見よい御筆蹟にござりました。
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