大奥(PTA) 第八話【第二章 三役揃い踏み】
【第二章 三役揃い踏み】
<御吟味方>
何という事に御座いましょう。二人とも運の悪い事に、吹き矢で御吟味方(選出委員)に当たってしまわれましたとは。ともあれ、本日は昼四ツ(午前10時)の御吟味方の初顔見世に遅れる訳には参りますまい。
「安子様、私が風呂敷包をお持ち致しましょう。」
常磐井様が仰ると、
「いいえ、そんな。申し訳のう御座います」
と安子様が遠慮なさると、
「良いのよ、良いの。貴方はお背中に大切なお宝をお持ちでいらっしゃるのだから」
常磐井様はそう仰って、花子様に目配せしてお笑いになると、安子様が抱えていらっしゃる大きな風呂敷包をご自分の手にお取りになられました。
お二人と小さいお一人は、肩を並べて急ぎ足で寺子屋に向かう木橋を渡っておりました。常磐井様は、御吟味方(選出委員)に選ばれなすった経緯を安子様にこう話されました。
「私もね、御吟味方だけはご勘弁を、と思って居たのだけれど、本年は、表のお仕事が忙しくなる見通しで御座いまして、本年だけはお役はちょっと……。と思って躊躇しているうちに、お鈴係(ベルマーク委員)、瓦版の局(広報委員)などにはどんどんお手が上がって行きまして、最後、御吟味方だけが決せぬまま、吹き矢で決める運びと相成り、あれよあれよと言う間に私が当たってしまった、と言う訳に御座います」
雪組だけでなく、月組でも最後までお手が上がる事が無かったと言う御吟味方(選出委員)、いったい如何ほど重きお役目で有るのか、安子様は不安で胸が塞がる思いで常磐井様のお話を聞いておられました。
<お伝の方様>
ご入学の儀の折には見頃であった寺子屋の門の染井吉野も、花はすっかり散って今は葉桜となり、今度は藤棚の藤が、紫の房を見事に垂らす季節となっておりました。
常磐井様と安子様は、本日は大奥(PTA)の御吟味方(選出委員会)の最初の顔見世(会合)で、寺子屋の御広座敷(多目的室)と申すところに昼四ツ(午前10時)までに参る様に、ご入学の儀の折、御右筆(書記)より御文を渡されておりました。
安子様は元よりおっとりした方で、文に書かれた絵図をご覧になりつつ、ええと、こちらは……と、戸惑いながら歩みを進めようとしておりましたが、常磐井様は勝手をご存じなのか、こちらですよ、と迷わずお進みになる。安子様はそのお背中に、ただ着いて行ったのでございます。
ようやっと御広座敷(多目的室)の前まで辿り着きますと、作法通りに襖をお開けにならねばと、襖の前で身なりを正しておりましたところ、ちょうど昼四ツ(午前10時)の鐘が鳴り響いたので御座います。
常磐井様と安子様が畏まって襖をお開けになったその時、
「遅い! 何をしておられるのじゃ。もうとうに皆様お集まりであるぞ」
と、太い叱責のお声がお二人の耳に入って来たので御座います。
「皆、表での御仕事、お家の事、御稼業など、万障繰り合わせてここに集まっておるのです。遅参は厳禁に御座いますよ」
仰る事、道理ではある故、
「ごもっともな事にございます。以後気を引き締めまする」
と常磐井様が仰ると、安子様と常磐井様はお声の方に座礼して平伏致しました。
「まあ良い。兎にも角にもこちらにお座りなされ」
お声の主がおっしゃると、安子様と常磐井様は頭をお上げになり、目線をその方の出立ちにお向けになりました。
そのお方は白粉厚く、眉白く、お口元には高価な紅花の紅を濃く差していらっしゃる。安子様と常磐井様は、はたいたか叩かぬかと言った白粉に、普段使いの単衣を羽織り、華美でない帯を締め、髪型は、しの字髷(島田崩し)といった目立たぬ出立ちでお有りなのに、そのお声の主様は、御所解と言われる凝った御意匠(デザイン)の流行の小袖をまとい、提帯に更に小袖の紬を掛け、腰から張り出させた腰巻と言う御目立ちになる出立ちに、髪を片はづしと言うよそゆきの髪型に結って装っておられました。
「お伝の方さま、こちらへお座りくださいませ」
もう一人の、お声の主様のお友達かとお見受けする、やはり同じようによそゆきに装っておられるお方が、その方の御名をお呼びになられ、ご自分の座のお隣に導かれました。
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