「答え合わせ」の旅④
後ろ髪を引かれてしかいない出国
一人旅の宿命と日本語への愛おしさ
日本では春を迎えようという季節。
冬物のロングコートを前開きにしたところでもう暑い。軽く汗ばんで到着した羽田空港国際線ターミナル。
出発3時間前。余裕のある時間に着いたことにまずホッと一息。
しかし手続きはよくわかっていない。
とは言っても真面目な性格なもんで、あらゆるWEBサイトで検索をして予習はしてる。でも知識と体験が合致するには結局やってみるしかないこともわかっているお年頃。
なんだかよくわかってないチェックインてやつと、保安検査?出国検査?が必要なはず。出国のときパスポートは機械にスキャンすることだけは薄っすら覚えている。コロナ直前で行けたスペイン旅行の記憶を辿る。あのときと大きく違うのは友人がいないこと。これが一人ということなのだ。
やっぱり”よくわかってない”が抜けなくて、私はこんな真夜中に長い行列をなしたターキッシュエアラインズのカウンター列の最後尾に並んだ。
行列はなかなか進まない。並んでる途中にターキッシュエアラインズのWebサイトを開く。なんやかんやしてたら有料だが通路側の席に変更できたようだ。30US$の価値はあるのか見せていただきましょう。
席は取れたし、何やらオンラインチェックインとやらも済ませたもよう。並ぶ必要があるのかわからなくなってきた。なんかQRコード出てきたから席取れてる人は列入り口にあった謎の機械に読み込ませるのだろうか。
「ちょっとよくわかんないけど私機械みてくるよ!」と、友達を保険として列に残すような行為が今回はできない。これが一人。
進んだ分の距離を恨めしく思いながら、スーツケースと共に思い切って列を抜け出すことにした。謎の機械の指示に従い、パスポートをスキャンしてみた。次はコードを見せろと言ってくる。さっき出たQRコードを読み込…めない。うん違ったわ。チーン。
多忙そうな日本人のグランドスタッフさんをなんとか捕まえて質問すると、オンラインチェックインを済ませてる私はもう列に並ぶ必要はない上級国民だったよう。急に行列の先頭へのショートカットをご案内された。逆転ホームラン。カウンターでスーツケースを預け、パスポートを見せる。荷物のタグをもらい、難なく終わった。
これが言葉が通じる世界。私の言った言葉は通じて、向こうの言ってる言葉も理解できる。こんな当たり前な世界の貴重さと愛おしさに気付くのは、海を渡ったあとのお話。
空港という場所
続いては保安検査。ターキッシュエアラインズの列と違ってこちらはガラガラだった。
その近くで男女が長く長くハグし合っている光景が目についた。別れを惜しんでいるように見えた。二人の関係性も状況も知る由もない。一時的な別れか長期的なものなのかわからない。どっちかが外国の方だった気がするし、自国へ帰るだけかも。
しかし、空港とはそういう場所なのだと二人を見て気づく。
出発とはなにかを置いていくことでもあるのか、と。
憧れの地で何に触れて何に出会うのか、ばかり考えていたけれど、
果たして私はこの空港に何を置いていくのだろう、と一瞬物思いにふけった。それが何かは決められないまま保安検査へと足を進めた。
保安検査は国内旅行の経験でなんとかなった。出国審査あたりの流れはもう覚えてない。ということはスムーズに行ったんだろうと推測できる。
飛行機が何機も窓ガラス越しに見えてきた。私は経由地のイスタンブールへ向かう搭乗ゲートのベンチに座ってあとは出発時刻を待てばいいようだ。
滑稽な作業
さて人が少なめなところへ移動し、初めてのInstagramライブ開始。
ありふれたインフルエンサーのように海外旅行の華やかな様子をライブするわ!wと友人に宣言したからにはやらねばならぬ。
自分の顔が映る無機質な画面にただ語り掛ける。なんて滑稽な作業だろう。視聴人数1名の中、目線きょろきょろで覚束ない。誰かに見てほしい気持ちと誰も見てくれるな、が交錯し恥ずかしさに耐え切れなくなってきたそんなころ。搭乗案内のアナウンスが聞こえた気がしてライブを慌てて切断した。
いやー慣れないわぁ、って痛感したこの作業が、まさかこの旅で私の心を救ってくれるとは。これもまた海を渡ってからのお話。
ほんと大丈夫か?この女。
急いでトイレへ駆け込み、個室でスニーカーをクロックスもどきに履き替え、着圧ソックスを履き…って焦ってうまく履けない。ボストンバックに脱いだスニーカーを突っ込む。パンパン。事前にあんなに動画を見て必要なものを用意し、飛行機に乗る心得を身に付けてたのに。鏡の前でつけてたコンタクトをピッピッと投げ捨て、眼鏡をかけ、大慌てでトイレを出た。
やはりもう搭乗がスタートしていた。パンパンのボストンバックのチャックを急いで閉める。いや閉まらない。
わーーーーー。まさかのここでチャック壊れる。ひえーー。
とは言えもう並ばなくてはうん十万の損失。搭乗ゲートで私の番が来た。
パスポートの提示を求められ、わたわた取り出す。なくしたらあかんと思ってバッグにしっかりしまっていた。ほんと海外旅行の手順がよくわかってない。「ほんと大丈夫か?この女。」という問いはもう空港だけで10回以上。
スマホのeチケットもここまできたら「無事に」ひっかかる。でも確認されてOKだと通された。とうとう飛行機に乗るのを許されてしまった。
チャックの閉まってない前途多難なボストンバッグを右肩の肉にめりこませ、空港と飛行機をつなぐ搭乗ブリッジというらしい橋をボコボコと踏み締めながら飛行機に乗り込んだ。
あぁもう逃げられない―――と思った。