洗濯物は積極的に積み上げるスタイル☆
おはようございます。
我が家の「ずぼら話」を聞いてください。
うちには「地獄の釜」と呼ばれる一帯があります。
それってなにかって、
乾いたあと畳まれず積みあがった洗濯物たち
なんですね(どーでもええわ)。
地獄の釜の使い方はこうです↓
私「ああ、またしても地獄の釜が形成されてしまった…」
夫「せやな。なんせ毎日新たに供給されるからな(乾いた洗濯物が)」
溜まれば溜まるほど、片付けるのがめんどくさくなって。どんどん蓄積してしまう、地獄の釜。
今日こそ畳もう
ええい!!絶対に畳もう!
そう決意しても、だいたい畳まない(チーン)
だってめんどくさいんや!!
どうせまたすぐ着るのに!!
ゴソゴソ…(地獄の釜から、今日の服を取り出す音)
こういうのって、自分を責める材料にしがちじゃないですか。ああ、わたしったら洗濯物も畳めないんだわ…!!って。
でも、
洗濯物が畳めない位で死なないよね。
そんなこの世の終わりみたいな名前(地獄の釜)を付けちゃってるけど、別に地獄でもないし、腐ったりもしないし。
じゃあ、別によくね?と思うわけです。
そりゃあ、丁寧な暮らしができた方が良いんでしょうけど、それすらも「ほんまか?」って。
例として我が家の地獄の釜を出しましたけども、これって日常の中にたくさん潜んでいるわけです。
ああ、今朝も寝坊しちゃった。
ああ、また夜更かししてしまった。
ああ、またジャンプ買い忘れた!!(これは困るか)
でも別に、命に関わることではないわけです。
じゃあもう、ええんじゃないの?と。
それが出来ないからって、わざわざ気に病まなくてもいいんじゃない?
それよりも、寝坊をしたらその分ゆっくり寝れたんだし、夜更かしをしたらその分色々と楽しんだだろうし、ジャンプを買い忘れたらコミックスを購入して作者に印税が入るわけだし。
いいこといっぱい☆
日常に潜む、「チクチクと自分を責めてくるものたち」を、ふわっと許していきたいもんです。
とりあえず、今日もわたしは洗濯物は畳みません。
地獄の釜は満員御礼~♪
それではいってらっしゃい☺
有沙(ARISA)