チキン南蛮(上)

カチカチとパソコンを打つ音だけが、机の上の明かりだけの部屋に響いている。
その音以外に聞こえてくるとするならキッチンとお風呂の換気扇の音ぐらいだろうか。
手元にあるお酒を飲み干すと個包装されたチーズをひょいと口にいれた。それからはまたパソコンの音だけが鳴っている。最近仕事が大詰め過ぎてなにかしながら食べれるものしか口に入れていない。夜中までお酒を飲みながら片手間に食べられるものを食べ、朝はギリギリまで寝ているので食べられない。お昼ごはんはというと、作っている暇もないのでコンビニでスムージーとおむすびを買って会社に行く。
(いつまでこんな生活が続くのかな。)
満員の電車に揺られながらそう思う。会社に勤めだして2年経ったが、ただただ同じことの繰り返し。周りの人間も我関せず。
ディスクに座って作業をしていても退屈でたまらない。生きた心地がしないというのはこのことだろうと思う。上司には怒られるし、しかも今日は急に案件が入ってお昼は急いで食べたために食べたのか食べていないのかわからなかった。
今日も仕事をかばんに入れて帰り道にあるコンビニに立ち寄って家に向かう。そして帰り着くなりいい音をたてて缶を開け、空腹をアルコールで満たすように勢いよく飲み始めた。味のあるご飯を食べたのはいつだっただろうか。同期、先輩、上司と呑みに行くことはある。しかし、アルコールの浮遊感と周りの空気を読むことに必死で味なんかしなかった気がする。ふう、とため息を付いて再びアルコールを流し込んだ。
(そういえばあいつ元気かな。)
ふと思い出したのはある友人。いつも自分でお弁当を作ってきていたその人は、食に興味のない親のおかげで常に飢えていた自分にご飯を分けてくれた。
(美味しかったな、会いたいな。そういえばもうすぐ長期の休みだったか。中学の飲みがあった気がする。あの人も来るのかな。)
メッセージのグループできていた長期休暇にある同窓会の出欠を少し慌てたように開き、出席にチェックを入れた。そのまま記憶を失うように寝てしまい、次の朝メッセージの通知の音で目が覚めることになる。
“久しぶり、飲み来るんだ。めずらしい。朝通知来ててびっくりした。”
眠気でかすれた目をこすり、メッセージの相手の名を見ると一気に目が覚めた。
昨日ふと思い出した相手だったのだ。お互いメッセージを長くしていなかったので少し得した気分になる。しかし、時計を見て真っ青になった。あと10分で仕事場についてなくてはいけない時間だ。体の芯まで冷たくなっていく感覚。
(ああ、今日行ったら心置きなく長期休暇を楽しめたのに、)
会社に慌てて電話をすると体調が悪いふりをして休むことを伝えた。切った途端、さっきまでパニックになりかけていた自分とは見違えるくらいに元気になった。今までの心の重さは何処にいたのだろうか。
一日早かったが実家に帰る準備をしだす。そこでメッセージを返していなかったことを思い出した。スーツケースに荷物をパッキングしながら返事を返した。
”久しぶり、うん。出席することにした。”
”君あまりこういうの参加してこなかったから。”
”うん、あまり大人数でわいわいするの得意じゃないからね。(笑)でも、今みんなが何をしてるのか気になるし。”
”なるほど。確かに、自分も気になるな。今でも何人かとは連絡取るけど、それ以外とは全く連絡取らないしな。”
”自分は全く連絡とってない。君が今連絡してくれてやっと(笑)”
そんなこんなで連絡しつつパッキングをし終えると車に乗った。
自分の実家は車で2時間かかる。爆音で音楽を流しながら帰った。予定より早く実家についたために母親からは苦い顔をされた。
「御飯作ってないわ…何で早く連絡せんとね。」
「いや、こればっかりは自分が言ってなかったのが悪かったわ。自分でどうにかするから、ごめんごめん。」
そうおちゃらけたように言いながら、心の中では、
(言っても言わなくても同じだったんだろうな。)
と呟き、荷物をおろした後に車に乗った。
「あんた今からどっか行くと?」
「ご飯食べたりしてくる。もう社会人だし車だし大丈夫。」
窓越しにそう言うとファミレスまで向かった。高校生の時放課後にたまり場になっていた場所だ。今は時計の針が23時をさしていて、店内にはほとんど人がいない。
ドリンクの飲み放題だけを注文して店の向かい側の道路を走る。様々ん車種の車が走っていく。ふと、朝から何も食べていなかったことに気づくと急にお腹が空きだした。そこで何故か手元にあった携帯のメッセージを開いて、さっきまでやり取りをしていた相手にメッセージを送っていた。
”お腹へった。”
しばらくして返事が返ってくる。
”ご飯は?たべてないの?”
”うん、まだ。ちょっと前にこっちに着いたから。”
”おお、おかえり。家じゃないの?”
”いまファミレス。”
”いや!ファミレスにいるんかい!食べなよ!(笑)”
夜だからか明日が連休だからか、メッセージに既読が付いて返信してくるのが速い。
”君のご飯がまた食べたい。”そう打とうとして携帯をしまった。久しぶりにメッセージをやり取りして舞い上がっていたのか、とんでもないことを言おうとしてたことに気づき急に恥ずかしくなったのだ。メニューに視線を落とし何を食べるか選ぶ。
(ううん…、お腹減ってるはずなのに何故か惹かれない。)
結局、何も食べずにお店を出ることになった。店員はお会計のとき苦笑いをしていた。
お店を出て、そのまま車に乗ると高校の近くの河原に向かった。もう5月だが少し風があって肌寒い。暗闇の中ケータイが光る。目をやるとまたあの人からで、あのまま会話をやめてしまっていたことを思い出した。
"もう食べた?"
"んー、結局食べてない"
"もう家なん?"
"いや、あの河原"
"おっ、懐かしい。今暇だし、行っていい?"
この言葉に目を見開いた。
"え?もう夜遅いけど。親御さんはいいの?"
"いやいや,何歳やとおもってるん(笑)同じ歳ですよ。だったらあなたもでしょ。"
"おっしゃる通りです。"
落ち着いて返信しているように見せて、心の中は大騒ぎだった。こんなに急にあっさり再会してしまっていいものだろうかと、久しぶりに会うためか、緊張が身体中を駆け巡った。自分が返した返信に既読がついたものの、その後に返信がなくて妙に落ち着かない時間が過ぎる。手は何故か震えている。
(別に、ただ会うだけなのに。何を緊張しているんだ。)
震える手でSNSをチェックする。内容は入ってこなかった。暫くして人の足音が聞こえてきた。
「やっぱり、ここだった!久しぶり!!」
少し息を切らした人影が月の光の中で揺れた。
ひ、久しぶり。」
声が掠れた。人懐っこそうな顔は相変わらずだが顔は大人っぽくなっていた。身長や体型も少し変わっている気がする。
「どうせあのまま何も食べてないんやろ?」
目の前にグイと出された手には袋が握られていた。中にはおむすびが入っている。
「え。」
「ちょうど夜ご飯の片付けしてるときに君からメッセージきたからついでに作った。」
そう言って隣にすとんっと腰を下ろす。
「じゃあ、いただきます。」
海苔が巻かれているために、磯のいい香りがする。中は”サケ”だ。
「おいしい!」
動いていなかったお腹が一気に温まって動き出した感覚だ。鮭はフレークではなくしっかりと焼いてあるやつだ。夜ご飯の片付けをしていて即席で作れるようなものではない。
「サケ、好きだったよね?前お弁当のあげたら君、一番それ美味しそうに食べてたから。」
「そんなこと覚えてたの?」
お互いに笑い合いながら昔の話をする。しばらく話をして、ふと会話が途切れた。
「いま、何してるの。」
「仕事?」
「うん。」
「普通に、なにもない会社員。いつも同じことばっかしてるよ。」
そこで、いつまでこんな状況が続くのだろうかとか、そっちは今何をしているのかとか話すたびに、相手の聴き心地が良い宮崎弁が耳をなでた。
しばらく話したあとに時計に目を移して解散した。家に戻るともう明かりは消えていて、ソロリソロリと音を立てないように中に入ると、そのまま布団の中に入った。


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イラスト:植陽助

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