《今さら聞けない》衆議院議員総選挙のしくみ【3】比例単独上位の候補者は当選ほぼ確約の超優遇措置!
前回は、比例単独での立候補で名簿下位に登載されている候補者に当選の可能性はあるのか?というお話をしました。
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今回は、逆に比例単独での立候補で名簿上位に登載されている候補者について解説します。
①比例単独上位の候補は超優遇措置
今回の選挙(2021年10月)では、自民党は59名の比例単独候補を出しました。そのうち、小選挙区との重複立候補より上位で処遇されたのは候補者が12名います。しかし、比例区で複数の議席を獲得できる見込みの高い自民党のような大政党において、比例単独での立候補でかつ名簿上位に登載されるというのは、ほぼ当選が約束されたのと同じです。いわば超優遇措置といえるわけです。
では、いったいどのような候補がこのような処遇を受けることになるのでしょうか?
まず一つが、党内の公認争いです。下の表を見てもらうと、今回の選挙で自民党の比例名簿で優遇された主な比例単独候補がまとめられています。その理由に「公認争い」と書かれている候補が複数います。具体的には北海道ブロックの鈴木貴子氏、北関東ブロックの尾身朝子氏、北陸信越ブロックの鷲尾栄一郎氏、九州ブロックの保岡宏武氏です。
では、「公認争い」とは何か? このあたりの事情を豊田真由子氏が以下の記事で詳しく説明してくれています。
国政選挙というと、通常は選挙が始まってからの「与野党の対立」が注目されると思いますが、実は、ある意味、それ以上に熾烈でドロドロなのが、公認候補を決めるまで、そして当選後も、国会や地元で延々と続く、同じ政党の中での争いです。そういう意味では、「自民党の敵は自民党」なんです。
「公認」というのは「その党の候補者として、正式に認められ、選挙に出られる資格」であり、公認が得られなければ、党からの応援も公認料も、地元での党関係の支援も一切ありません。無所属で出馬した場合は、比例復活もできませんから、トップで当選しないかぎり、国会に行くことはできません。(政党の公認候補の場合、例えば、1位の対立候補の半分程の得票しかなくても、比例復活で当選できたりします。)
また、選挙の際には、様々な多くの団体が、候補者のうち一人だけに「推薦」を出すのですが、それは基本的に「どの党の公認候補か」によって決められます。
このように、党の公認候補になれるかどうか、というのは、まさに、天と地ほどの違いがあり、選挙における最重要の生命線、スタート地点といえるのです。
だとすれば、そこに熾烈な戦いが起こらないわけがありません。まさに「殺るか殺られるか」、権謀術数渦巻く政治の世界は、本当におそろしいのです。
かつての中選挙区制の下では、一つの選挙区に複数の議員が当選するため、同じ政党から複数の公認候補が出て戦いました。この制度の下では、巨額の資金を投じて、選挙で各派閥が熾烈な戦いを繰り広げるといったことも問題となり、1996年から小選挙区制に変更がなされました。
されど、政党内での争いは、場面を変えて、すなわち、「選挙」での戦いから、「公認」を巡る戦いに形を変えて、変わらず行われているのです。
このように、政党から公認をもらえた候補者には、その政党から公認料として活動費(選挙資金)が支給されたり、党執行部や党所属の議員などからの支援を受けられたりします。
しかし、各選挙区で1人しか勝ち上がれない小選挙区では各政党の公認を得られるのは1人だけと決められています。そして、この公認権(公認を与える権限)は党本部が持っています。その党本部の中心を担うのが「総裁を補佐し、党務を執行する」と自民党の党則8条で規定される幹事長です。「総裁を補佐」とありますが、自民党総裁は内閣総理大臣(首相)に就任して首相官邸で執務するため、党本部の事実上のトップは幹事長になり、幹事長が総裁に代わって党の人事・財政など党務全般を管理することになるのです。もちろん選挙の公認権についても大きな権限を握っています。
このことを踏まえて、今回の選挙で自民党の比例名簿で優遇された主な比例単独候補のうち、北関東ブロックの尾身朝子氏を例にとって、その事情を見てみることにします。
②群馬1区の公認候補をめぐる派閥争い
群馬県は福田赳夫、中曽根康弘、小渕恵三、福田康夫と、戦後4人の総理大臣を輩出し、「保守王国」(主に自由民主党への支持が強い都道府県や選挙区)とも称されます。実際に、群馬県は県内の五選挙区全てを自民党が独占する「自民王国」です。この群馬1区の現職の議員が財務大臣などを歴任した尾身幸次氏を父に持つ尾身朝子氏でした。尾身朝子氏は自民党細田派に所属し、前回選挙では前橋市を中心とする群馬1区から立候補して2回目の当選を果たしました。
しかし、この群馬1区からの立候補に野心を燃やす人物が現れます。それがが中曽根康隆氏です。中曽根康隆氏は、第71・72・73代と3期5年間にわたる長期政権を維持した故・中曽根康弘元首相を祖父に持ち、父の弘文氏も外務大臣を務めた、いわば政治家一家に育ったサラブレッドです。自民党二階派に所属します。
現在の自民党には、細田派、麻生派、竹下派、二階派、岸田派、石破派、石原派の七つの派閥が存在します。自民党の派閥は、党の中の派閥が大きな党派を結成し、あたかも独立した政党ような権力を持つため「党中党」とも称されます。最大派閥は細田派(清和政策研究会)。安倍晋三前首相の出身派閥でもあります。一方、「陰の総理」と呼ばれ、5年にわたって自民党幹事長として暗躍した二階俊博氏が率いるのが二階派(志帥会)です。
この◯◯派というのは通称で、もともとは目指す政策が似ているもの同士で勉強することを表向きの理由として結成された◯◯会という政策研究集団があり、その会長に就任した領袖の名前をとって、◯◯派と呼ばれるのです。たとえば「細田派」は「清和政策研究会」というのが正式名称ですが、その会長を務めるのが細田博之氏であることから「細田派」と呼ばれます。しかし、2021年11月11日、細田博之氏が会長を退き、その後任として安倍晋三元首相が会長に就任したことで「安倍派」になりました。なお、安倍晋三氏の父・晋太郎もかつて会長を務めました。
さて、群馬1区の公認争いに話を戻すと、当然、細田派も二階派も自分の派閥から公認候補を出したいわけです。そこで、所属議員の支援に精力的に取り組むことになります。
2021年6月25日、安倍晋三元首相は尾身氏の支援者1000人が集まる会合に出席するために群馬に駆けつけます。そして、尾身氏の地元への貢献に賛辞を送るとともに「尾身さんが公認候補で無くなることはあり得ない」と、群馬1区の現職の国会議員である尾身氏が引き続き群馬1区の自民党公認を受けるべきだと、その正統性を強調しました。
安部氏のこの動きに呼応するように、その3週間後(7月17日)、今度は二階派の領袖、二階俊博氏が中曽根氏の後援会の会合に駆けつけ、中曽根氏が党勢拡大に貢献していることを強調して、「若手の中で本当に群を抜いて将来が嘱望される存在だ」と賛辞を送りました。
特に二階氏が強調したのが、中曽根氏の党員獲得数です。2021年3月21日に開かれた自民党大会では、2020年の党員獲得数が多かった国会議員上位10人が発表されました。そこで全国8位(約3000人)の実績を上げる活躍を見せたのが中曽根氏です。
そしてその2日後の3月23日、二階氏は次期衆院選小選挙区選での公認決定にあたり、党員獲得数を判断材料とする考えを表明します。この発言は小選挙区の公認争いにおいて二階派の議員に有利に働かせたいという意図の現れと受け止めることができます。というのも、二階派の議員は党員獲得に積極的で、先の党員獲得数トップ10のうち、8位の中曽根康隆氏のほか、4位の鷲尾英一郎氏も二階派です。1位の二階氏も含めると、トップ10のうちおよそ3分の1が二階派なのです。
しかし、自民党本部は小選挙区の公認は「現職優先」を第一原則としています。そのほか、都道府県連など地元の意向、そして選挙情勢も公認の選考基準となりますが、まず考慮されるのは現職優先の原則です。地元有権者に明確に支持されて当選した小選挙区の現職という立場はそれだけ重いのです。
実際に二階氏は山口3区では群馬1区とは逆に、現職優先を主張しました。それは山口3区は二階派所属の河村建夫元官房長官が現職だったからです。そこに岸田派の林芳正元文部科学相が参院からくら替え出馬することを表明したのです。ここでは一転して自派優遇のために現職優先の原則を掲げる二階氏に対して、党内からは「ダブルスタンダードだ」との批判も上がりました。
さて、このようにたしかに基本は現職優先なのですが、群馬1区にかぎっては少し事情が異なります。小選挙区制に移行した1996年(第41回衆議院議員総選挙)以降、群馬1区では尾身朝子氏の父である尾身幸次氏(細田派)と佐田玄一郎氏(竹下派)が交互に当選し続けてきた経緯があります。これをコスタリカ方式と呼びます。
*コスタリカ方式…同じ政党で同じ選挙区を地盤とする候補者が競合する選挙区において、1人を小選挙区に、もう1人を比例区に単独で立候補させ選挙毎にこれを交代させるという方法。
しかし、2009年の衆院選では民主党が自民党を破り、政権交代を果たしました。群馬1区から立候補していた尾身幸次氏も民主党への追い風に乗った宮崎岳志氏に敗れ、選挙後に尾身は政界を引退します。そのため、競合候補がいなくなった群馬1区では、2012年、2014年と2期連続で佐田玄一郎氏が公認を得て当選しました。しかし、その後、佐田氏に女性問題が報じられたことを受けて(2013年に続き2回目)、佐田氏は次の衆議院選挙で自民党の公認を受けられないことになります。
そこで自民党群馬県連が新たな公認候補として党本部に推薦したのが尾身幸次氏の娘である尾身朝子氏でした。これを受けた党本部は2017年の第48回衆議院議員総選挙で尾身氏を群馬1区の公認とし、尾身氏は見事に当選を果たしたのでした。
コスタリカ方式という群馬1区のこれまでの慣例に従えば、今回は新人の中曽根康隆氏が自民党の公認を得るというのも、ある意味、筋としてはおかしくない話です。しかし、「現職優先」という原則に従えば、前回小選挙区で勝った尾身朝子氏が公認候補に選ばれることになり、これも筋としてはおかしくない。こうした背景から公認候補の調整は難航しました。
結果としては、党員獲得数で上位8位の実績を積み上げた中曽根氏が公認をと得ることとなり、尾身氏は小選挙区を簡単に明け渡すことになりました。その代わりに尾身氏は比例北関東ブロック単独での公認を得て、比例名簿1位に登載されることになったのです。
《参考》
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