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岩波少年文庫を全部読む。(90)岩波少年文庫には母子家庭ものが多い E・ディクソン編『アラビアン・ナイト』上巻

本書は『アラビアン・ナイト』アントワーヌ・ガランによるフランス語版(ガラン歿後1717年に完結)からE・ディクソンなる人物が物語を選んで英訳・再話した『アラビアン・ナイトのお伽噺』(正篇1893、続篇1895)からさらに選んだものを、中野好夫が日本語訳したものです(岩波少年文庫)。この記事では上下2巻の上巻をあつかいます。

船乗りシンドバッドの7回の航海

「船乗りシンドバッドの1回目の航海」から「船乗りシンドバッドの7回目の航海」までの連作7話は、ディクソン版正篇の巻末に置かれたもの。
多くの版ではシンドバッドを紹介・記述する枠があり、物語本体はシンドバッドによる長い語りとして置かれていますが、本書では枠なしで最初から一人称で語られます。
「島だと思ったら鯨の背中だった」
「巨大な鳥ロックに襲われる」
「毎晩ひとりずつ猿に喰われる」
「配偶者が死んだらいっしょに生き埋めにされる」
「桜の森の満開の下」のジジイ版みたいな「海の老人」に取り憑かれる」
「有翼人の島に流れ着く」
などの突飛な冒険もので、ホメロスの『オデュッセイア』の前半を思わせます。僕が小学校のころ読んだ数少ない物語のひとつで、とくにロックと海の老人が記憶に残っています。

シンドバッドの話は、ガラン版(後述)では第69-90夜「海のシンドバードの話」『ガラン版千一夜物語』第2分冊、西尾哲夫訳、岩波書店)です。

他の諸版(委細は次回参照)だと、
マクナーテン版では第537-566夜「海のシンドバードと陸のシンドバードとの物語」『アラビアン・ナイト』第12分冊、平凡社《東洋文庫》、前嶋信次訳)

バートン版次回参照)では第537-566夜「船乗りシンドバッドと軽子のシンドバッド」『バートン版千夜一夜物語』第7分冊、ちくま文庫、大場正史訳)

マルドリュス版次回参照)では第290-315夜「船乗りシンドバードの物語」『千一夜物語』第4分冊、ちくま文庫、佐藤正彰訳)
となっています。

『アラビアン・ナイト』は、東洋と西洋とのあいだでなんどもキャッチボールされて1001夜にまで膨れ上がり、しかもいろんなヴァージョンが同等の正当性を主張しうる作品、というか作品「群」なのです。
「これが本物」「これは偽物」という具合に線引ができない不思議な作品といえましょう。

「アラジンと魔法のランプ」

ディズニーで有名な「アラジンと魔法のランプ」は、ディクソン版続篇の巻末に置かれたもの。じっさいに読んでみて「中国が舞台だったのか」と驚く人も多いのではないでしょうか。

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