不気味の谷

※この記事はスプラトゥーン2の時に執筆したものです。





少女は恋をしていた。

「馬李亜武流さん...!私と付き合ってください!」

落ち葉が空を舞う音に呼応するように、少女の声が上擦る。

「ごめん、ちんもち。俺、ヴァリアブルが上手い人しか愛せないんだ。」

体温が下がっていく。忘れていた秋の冷気を肌が思い出す。ああ、私、失恋したんだ──。

まだ金木犀の香りが残る10月の暮れのことだった。


その日を境に少女は家に篭るようになった。
家族は、少女の傷心を察して優しく見守っていたが、それは大きな勘違いである。
もう、彼女の心に傷なんてもう無い。
その心に宿るものは闘志だった。

「さて、今日もやるか」

時刻は午前9時。
授業が始まる時間。
毎日学校に行く生徒たちと同じように、少女もいつも通りの変わらない日々を送る。

「エリアの時間だ。...チッ、またニュースか。」

スプラトゥーン2のルール変更。少女は舌打ちしながらAボタンを連打する。
今日は9時からエリアだった。

「ヴァリアブル、上手くならなきゃ。」

次の告白こそ成功させたい。
少女は引きこもっている間ずっと、過酷なヴァリアブルの特訓を繰り返していた。それほどに彼が好きなのだ。

必死で頑張った。沢山キルした。涙も堪えた。
しかし、2時間タコ負けした。


「...このままじゃだめだ。ギアから練り直そう。」
少女は高校1年。幸い、まだ時間は多分にある。1つ1つ、時間をかけて考えよう。

「この武器は塗りが長くて強い。1確を持ってるけど1確範囲が狭くてキルは難しい...」
ノートを開き、ヴァリアブルの分析を始める。

「キルは無理だ...塗り後衛として生きて行こう...この武器ならそれが出来る...はず...」
実践も交えながら、完璧な理論を組み立てていく。ここから少女の塗りヴァリアブル道が始まった。

とりあえず、色々なギアを試した。
まずはメイン効率ガン積み


「インクがあればたくさん塗れるはず。塗り枠ならメイン効率が必要だよね。早速試してみよう。」


―――――――

「...自分がかなり後ろ寄りだから味方が辛そう...ジリ貧になって負ける...結局キルしなきゃ...でもそれが無理だから塗ってるんだよ...」

このギアはダメだ。
塗りだけじゃ勝てない、当たり前だ。

「こんなギアはどうかな?」
少女が次に試したギアはこれだ。

「キューバンで牽制と塗りをしつつ、相手がいない時にメインで塗ればいいじゃん!早速試してみよう!」

――――――――

「...キューバン投げたらメイン振れない!完全にメインの塗りの強さが腐っちゃう!ダメだ〜〜!」

キューバンを投げながらメインも振ろうとするとインクがいくらあっても足りない。
少女はメインとサブを両立できないことを悟った。


「--------」

少女はボソボソと独り言を漏らす。
彼女は考え込むと早口で喋る癖があるのだ。

「ここまでで気付いたことは、
・縦振りマジで塗り強すぎ
・メインで塗るだけだとジリ貧になる
・かといってサブに頼ると肝心の塗りが疎かになる
つまり、『メインで塗りたいがそれだけだとジリ貧になる。メインで塗りつつそこに何か付加価値を付けたい。』
『メインだけじゃダメ、サブとは組み合わせられない。』
『————スペシャルしかない』」

彼女は一つの結論に辿り着いた。

それがこのギアだ。

「塗って塗って、ミサイルを吐いてまた塗ろう!」

少女は、塗りの合間にミサイルを吐くことでジリ貧を解消することに成功した。
勝率も安定してきた。

そして...しばらくこのギアを愛用したある日、重大な事に気付く

「ミサイルを吐いたらインク回復する!スペ増を増やしたらメイン効率無くても塗れて、ミサイルの回数も増えて強くない???」



そう、マルチミサイルの真骨頂はインク回復の効果だった。ついでに敵にミサイルを飛ばせる。

すぐにギアを洗練した。

強かった。ぐんぐんと勝率が伸びた。

「後ろで死なずに塗ってるだけで勝てる!これがヴァリアブル...!!」

西園寺ちんもち

「メインインク効率、いらないや。」

少女は勝った。

また勝った。

少女のXPは上がった。



1ヶ月後、少女は学校に行った。
馬李亜武流くんに告白する為だ。
XPは2800を超え、充分にヴァリアブルを使いこなしたと言える。
彼もきっと付き合ってくれるだろう。


「——久しぶり」

予報通りの強風に木々が揺られる。
肌寒さを感じる校舎の屋上、頬を紅くした少女が言葉を繋ぐ。

「私、ヴァリアブルでXP2800まで行ったよ。改めて馬李亜武流くん、私と付き合ってください!」

少女の心音が木霊する。

束の間の沈黙の後、馬李亜武流が口を開く。


「スプラの為に学校休んで2800?きも。」


紅い頬を冷たい風がなぞる。
金木犀の香りはもう残っていなかった。

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