螺旋
健二は2人の悪友と反省室に居ました。
何をしたのかと言いますと、授業中に煙草を吸っていたのです。
尤も、彼らは普段から悪さをしており、ここに来るのも慣れたものです。
酷い時には学校中の窓ガラスを割ったり、理科室のマツチで花壇の花を燃やして回ったりした事もありました。
さて、三人が反省文を書いている時、ふと省吾が口を開きました。
「...なあ、健二、スプラトウンって知ってるか?」
「はあ。弟がやってるから知ってるけど、それがどうしたんだ?」
そう答えるや否や、悪友の片割れ・祐太が突然割り込んでくる。
「省吾、最近スプラトウンにハマってるらしいぜ。あんなガキ向けのゲヱム、笑っちゃうよな。」
「まあ、好きなことやればいいんじゃねえの。」
それ以上の会話は無く、ただ早く帰る為に心にもない反省の言葉を列挙していました。彼らより反省が上手い中学生もそう居ないでしょう。
反省文を書き終え、健二は家に帰っていました。
「おい、隆二、スプラトウン貸してくれよ。」
反省室では省吾を軽く受け流していた健二ですが、スプラトウンに少し興味を抱いていました。
健二がスプラトウンにのめり込んでから幾許かの時が経ちました。
省吾と祐太は、愛想を尽かして離れて行きましたが、それでも、健二はスプラトウンに熱中していました。
健二は、恐ろしい程にスプラトウンの才があり、瞬く間に、頗る上達していました。
しかし、同時に、どうすればこれ以上上手くなるか分からず停滞していたのです。
その為に、ただ独りでスプラトウンについて考察し、この1ヶ月間、到頭、部屋から出て来る事はありませんでした。
突然おとなしくなった非行少年の姿に安堵していた周囲の人達も、その変貌具合にいよいよ彼を心配し始める程でした。
「...。」
健二は考えています。
彼の持ち武器はヴァリアブルロヲラアフォイルで、塗りつつも積極的に前でキルを取る立ち回りをしていました。
判断や対面の精度を上げる事は勿論必要ですが、根本的な物が足りないと感じていました。
それが何か、分からない。
健二は翌る日も、翌る日も、考えました。
ある日、健二は省吾に呼ばれ、空き教室に来ました。
そこには省吾の他に6人の不良がいました。
「健二、すまん」
省吾は涙で顔をくしゃくしゃにしながら去っていきました。
何事かと思えば、不良の親分・武志が、付き合いの悪い健二に腹を立ててケヂメと称したリンチを企てていたようです。
健二に成す術は無く、武志の気が済むまで嬲られました。
幸い、健二に大きな怪我はありませんでしたが、心の傷は大きいようで、学校では人を避けるようになり、授業が終わったらすぐに家に帰り、スプラトウンに没頭しました。
今日もまた、健二はスプラトウンをしています。
スプラトウンをしている時だけは武志のトラウマを忘れる事が出来るのですが、この日はそうもいきませんでした。
あの時の記憶が、頭の中を巡る。
「くそ!忘れさせてくれよ!」
健二は頭を掻き毟りながら半狂乱状態で叫びます。勿論、それは叶いません。健二は金輪際、このトラウマを背負いながら生きていくのです。
健二は、あいも変わらず根暗な日々を過ごしていました。
この頃の健二は2800や2900のプレイヤァに憧れを抱き、それを目指して専らスプラトウンをプレイしていました。
結果としてXP2600まで上り詰めることができました。
しかし、武志への憎悪を忘れる事はありません。
「くそぅ、武志の奴め。手下を侍らせて自分は高みの見物か。悔しいなぁ。」
ゲヱム中でさえ健二の脳内には時折、こんな風な事がよぎっていました。
この日も同じようにガチマッチをしていると、1人のヴァリアブルプレイヤァとマッチングしました。名前はちんもち。
「お、ヴァリアブルだ。格付けしてやるよ。」
健二は張り切りましたが、格付けの機会は訪れませんでした。
「なんだこいつ...全然前に出てこねぇ...」
このちんもちと言うプレイヤァは全く前に出てきません。塗って、ミサヰルを吐くだけ。
「なんだよあいつ、ミサヰルばっか、前線任せかよ。」
ちんもちの立ち回りに不快感を抱く健二。
「っっ!あああああああああああ!」
後ろからミサヰルを撃つだけ。
自分はリスクを背負わない。
高みの見物。
健二は、ちんもちを武志と重ねていました。
「武志。お前はゲームの中ですら俺を蝕むのか。」
健二はちんもちに敗北しました。
いや、武志に敗北したのかも知れません。
健二の精神は、ついに憔悴しきってしまいました。
「くそ、なんだこいつは...」
健二は敵を知る為、ちんもち戦法を真似てみる事にしました。ちんもちを制す事は武志を制す事。そう考えました。
ちんもちのギヤを見た健二は唖然としました。
逆境スペ増2.9、もはや舐めプじゃないか。
下唇を噛みながらもこのギアを作り、立ち回りを真似てみました。
それは麻薬でした。
沢山回るミサヰルに思わず笑みが溢れる。
健二はその愉快さ故に、武志への怨念も忘れてちんもち戦法に没頭してました。
特に難しい動きはしていない。それなのに勝てる。
Xパワアはメキメキと伸びていき、いつの間にか当初の目標である2800を達成していました。
しかし、それを気にも留めません。
今日は15回。
次の日は17回。
さらに次の日は20回。
健二のミサヰル回数は日に日に増して行きました。
そして、ついにミサヰルを回す事自体が目標となり、勝利を喜び、負けを悔しむ、そう言った感情が薄れてしまいました。
この日、健二は学校にいました。
今日は三者面談があります。
健二が母親と教室の前で順番を待っている時、不運にも武志と鉢合わせてしまいました。
今までの健二なら、慌てて取り乱す所だったはずですが、その様子はありません。
当然武志に対するトラウマは残っていますが、ちんもち戦法を続けた影響でそんな事を考える自我が薄れてしまったのです。
「健二君の成績は悪くない、今から頑張れば市内の高校ならどこでも行ける可能性はあるでしょう。」
「まあ、ありがとうございます。健二はどこに行きたいの?」
「...オレ、ヴァリアブル、振る」
「え?」
「...オレ、ヴァリアブル、フル」
健二の目には光が宿っておらず、焦点も合ってない。
その異様さに母親も教師も呆然としていました。
家に帰るや否や健二はスプラトウンを起動し、ガチマツチを始めました。
それは楽しむ為ですらない、義務です。
「ミサヰル、1。ミサヰル、2...。」
ちんもち戦法が健二の脳を蝕む。
その時、またもちんもちとマツチングしました。
逆境スペ増ヴァリアブルミラー。
「ちんもちだ!今度は勝つぞ。」
ミサヰルの回数は、健二16回、ちんもち14回で健二が勝利しました。
試合にも勝利。
そして、それと同時に健二は変貌を遂げました。
健二自身が、ちんもちになったのです。
「チン...モチ...。」
健二、いや、ちんもちは今日もガチマッチをしています。
次のちんもちを探す為に。
「こいつは失格。こいつも失格。こいつは...悪くない。でも足りない。」
ちんもちとは、いつ終わるか分からない長く暗いトンネルです。
早く次のちんもちを見つけねば、いつまでもちんもちのまま。
次のちんもちは誰になるんでしょうか。
もしかして、あなたの知り合い、ひょっとするとあなた自身かも知れません。
誰にだって可能性はある。ちんもちは全てのプレイヤーを平等に見ています。
ちんもちはどこにでも居る。
ほら、今はあなたの後ろに。