鎮丸~野獣跳梁~ ⑬
鎮丸は二度心臓が止まった。
二度目の蘇生。目の前にあったのは、家族の暖かい顔だった。
元気になった葉猫。
葉猫にしがみ付いている桃寿。
そしてまだ心配そうな表情をしている晴屋。
虹子の姿も見える。
「おぉ…みんな。心配かけたな。地獄の淵から戻ったぜ。」鎮丸は口を開いた。
葉猫が「何吞気なこと言ってんの!二度死んでるんだからね!」と涙声で言う。
「ダブルオーチンマルは二度死ぬ。…なんてな!」軽い冗談を言うが、誰も笑わない。
ややあって晴屋が、
「それでこそいつもの先生ですよ!」と安堵の笑顔になる。
葉猫が聞いた。「どうして獣の謎かけが『早太郎』と同じだと分かったの?」
「謎かけ?早太郎って何ですか?」と晴屋が口を挟む。
葉猫は敵のなんたるかを霊査したようだ。
鎮丸は答えずに「晴屋君、今回はご苦労さん。おかげで助かったよ。」とだけ言った。
「三峯神社の御加護がやはりあったのですね!」晴屋は嬉しそうに言う。
「ああ、その通り。白い狼が来てくれたよ。」鎮丸は答えながら、今度は葉猫に、
「今回の獣とはまたいつかやらなくちゃならないようだ。…それより…。」と言った。
一呼吸置き、「…あいつはわしらを殺そうと思えばいつでも殺せた。しかし、それをしなかった。それどころか自分を倒すヒントを与えてきた。何かこちらを試しているようだった。」と続けた。
葉猫は「邪眼は『魔』だと言ったのでしょう。それこそが私達の真の敵よ。」と真剣な表情で言う。
「ああ、そうだな。妖の類は真の敵ではない。人間と共存できる存在だ。」と鎮丸は溜息をついた。
六道を輪廻するものは、皆、迷いのなかにある。善にも悪にもなる。魔界へと引きずり込もうとする「魔」は常に自分の隣にいるのだ。人間という存在は魔の誘惑と戦わなくてはならない。
「こころみ、か。」鎮丸は独り言を言った。
今まで黙って聞いていた虹子が口を開く。
「鎮丸先生、葉猫先生、桃ちゃん、ほんとによかったですね!」
続けて言う。
「晴屋さん!私も少しは役に立ったでしょ?三峯神社は夫婦の幸せを叶える神社なんですってね。今度は一人でいっちゃ駄目よ!」
晴屋は、
「虹子さん、留守中はほんとにありがとう。分かったよ。三峯様には今度は二人で…って、え?虹子さんと?」
しどろもどろする晴屋を見て鎮丸が笑いを堪えている。
「ねぇ明ちゃん、お姉ちゃん、私も連れて行って。」桃寿がせがむように言う。
虹子は快活な笑顔で
「もちろん!三人で行こうね!」と桃寿に答えた。
鎮丸はベッドから皆の様子を見て、
(魔を倒すのはわしの術ではない。この笑顔こそが魔を退けるのだ。)と思った。
病室のベッドに窓から陽光が差し込み、五人の笑い顔を照らしている。
(End)
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