鎮丸~怪蛇とをらふ~ ⑩
深夜、晴屋は自宅兼、寺務所を出て、潰れかけた本堂に来た。
この所、本堂の様子がおかしい。扉は閉まっているが、中に何かいる気配がある。
たまに敷地内に黒い自転車が止まっている。ホームレスでも住み着いたのだろうか?
慎重に扉を開ける。完全な「やれ寺」だ。
穴の空いた天井から、月の光が差し込む。
その光を頼りに、本堂内を見回す。
蜘蛛の巣が月光を微かに反射する。
御本尊の不動明王像だけがかろうじて残っている。護摩壇は朽ち果て、形を為していない。護摩木だったと思われる木片がいくつか転がっている。
なんという荒れ果て方だろう。
晴屋の実家は真言宗の寺だった。父親が存命中、この寺には檀家が頻繁に集まっていた。
父親は千日回峰行を達成した名のある僧だった。人徳もあった。だが、ある事件をきっかけに酒に溺れるようになった。
母親は早くに他界した。
晴屋の脳裡に子供時代、尊敬してやまなかった父の顔が浮かぶ。
自分も父のようになり、人々の役に立ちたいと常々思っていた。
だが、今はこの有様だ。
一日も早く復興させたい。
本堂に異常が無いことを確かめると、扉を閉めた。
閉めた扉の奥で瘴気が渦を巻いている。
晴屋が自宅に戻ると、初老の男が訪ねて来た。晴屋は訝しんだ。普段から来客などない寺だ。しかも夜中である。
初老の男が自己紹介をする。
「怪しい者じゃありません。昼間ご利用いただいた、ヒーリングサロンの者です。」
充分に怪しく思えた。
しかし瞬間、晴屋の顔からは緊張が取れた。
「あっ!葉猫先生の!旦那さん…ですか?昼間はありがとうございました。」
「いえ、こちらこそ。アフターサービスです。」鎮丸がおどけてみせた。
「アフターサービス?こんな時間にですか?」晴屋が真顔になって聞く。
「いえね、ここ数日なにか変わったことはなかったかと思いましてね。」鎮丸が尋ねる。
「ああ、ちょうど良かった。
葉猫先生には相談しませんでしたが、本堂に何かいるような気配があるんです。今も見てきた所です。」晴屋は言った。
「そうですか。」鎮丸が外で霊査を始めようとすると、晴屋は「上がってください。お茶しか出せませんが…」と勧めた。
鎮丸は自宅に上がり込んだ。昭和初期の平屋のような安普請だ。調度品もほとんどない。
「さ、どうぞ座って下さい。」晴屋はカビ臭い座布団を敷いた。
「今、お茶を淹れます。」晴屋が準備している間に鎮丸は霊査した。
間違いない。瘴気をビリビリと感じる。
この寺にいる。
お茶を出された時「何がいるか分かりますか?」鎮丸は試すかのように質問した。
晴屋は「難しい質問ですね。やっぱり何かいるんですね?」
しばし考えた後、「うーん…。蛇のような?」と答えた。
鎮丸はお茶を啜りながら、「ご名答!」と言う。「ただし、今、『憑依されている男』はここにいませんがね。まぁ、来るのを待ちましょう。」と付け加えた。
「今夜はちょっと仕掛けをさせていただきたくてお邪魔しました。なぁに、時間は取らせません。」鎮丸が言う。
晴屋は(なにもこんな夜中に…。)と考えたが、昼に施術代をまけてもらった恩義がある。それに鎮丸が何をするのか興味があった。
鎮丸は晴屋の心を読み「すいませんね。これ、今日中にやっておかないとヤバいんです。明け方には奴が帰って来ますから。」と言った。
「何かお手伝いしましょうか?」晴屋が聞くと「いやいや、一人で結構。」と鎮丸が答えた。
鎮丸は外に出て行き、本堂の前の土中に何かの入った甕を埋めた。
「これで、後は仕上げをご覧じろ。お邪魔しました。お茶をありがとう。」と言った。
晴屋は質問しようとしたが、遮るように鎮丸は言った。「明日また来ます。」
そのまま鎮丸は去った。晴屋は掘り起こしてそれを確認したい好奇心にかられたが、効果がなくなっては元も子もない。
そのまま布団に入って休んだ。
(to be continued)
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