鎮丸~野獣跳梁~ ⑤
葉猫は幡ヶ谷の自宅で苦しんでいた。
合鍵で誰かがドアを開ける。
晴屋だ。今日は土曜日。小学生の桃寿(ももこ)が枕元に付き添っている。
「桃ちゃん、こんにちは。お母さんの具合はどう?」晴屋がマンションの入り口から声をかける。
「あっ!明ちゃん!」桃寿は走って部屋から出て来ると、安心したかのように晴屋に抱き付いた。二人はとても仲が良い。
手にはコンビニの袋を二つ提げている。桃寿を腰にぶら下げたまま、晴屋は葉猫に声をかけた。
「葉猫先生ー!上がりますよ!」
桃寿が袋を一つ受け取った。
二人で部屋に入る。
葉猫は熱を出していた。
晴屋は冷蔵庫を勝手に開け、アイスノンを取り出し、葉猫の額のものと取り替えた。
続けてコンビニ袋の中の食料やスポーツドリンクを出しながら、「お医者さん、来た?」と桃寿に聞く。
桃寿は「ううん。お父ちゃんがこれは風邪じゃないよって…。」と答える。
「そうか…。」
霊障だろうか。
晴屋は覚えたての霊査をしてみた。
分からない。風邪でないことは確かだ。
「鎮丸先生、遅いね。」晴屋は桃寿に優しく言った。
「うん。」桃寿がちょっと寂しげに頷く。
と、葉猫がうなされて言った。
「危ない!これは普通の魔じゃない!」
晴屋と桃寿は顔を見合わせた。
ややあって「駄目!戦ったら、負ける!」
ともう一度うわごとを言った。
夢の中でも二人で悪しきものと戦っているのだろうか?
晴屋が言った。「安心して下さい。鎮丸先生は負けたりしませんよ。」
桃寿を見て「桃ちゃん、今日はお兄ちゃんが一緒だよ。」と言った。
歌舞伎町、BAR文麗。
ママが顔を曇らす。「お客さん!いい加減起きて!」カウンターから出て来て、鎮丸のグラスを下げる。
直後に異変に気が付く。鎮丸は息をしていないのだ。
「ひっ!かっ…粕谷君!救急車!!」
しかし返事はない。
「粕谷君!」ママは震える手で自分のスマホから119番した。
粕谷(かすや)の姿はどこにもなかった。
10分ほどすると救急隊員がドアから入って来た。
一人がバイタルを測り、急いで心臓マッサージをする。もう一人は組み立て式の担架とストレッチャーを用意している。
隊長らしき人物がママに聞く。
「この方、どの位飲みました?異変に気付いたのは何分前?」
ママは答える。「い…いえ、うちの店じゃ飲んでないわよ!ウーロン茶一杯でこうなっちゃったの!…ね!」粕谷に確認しようとする。辺りを見回すが、姿はもうない。
「駄目です。脈拍が戻りません。」救急隊員の一人が言う。
「諦めるな!」隊長が叱咤すると、他の隊員に交代し、マッサージは続いた。
「車に運ぶぞ。」左右から鎮丸の体の下に担架を差し込み、連結する。
そのままストレッチャーに乗せ、手際よく救急車へ移動した。
(to be continued)