鎮丸~野獣跳梁~ ⑥
ふいに葉猫の枕元のスマホが鳴る。
晴屋は、他人の電話に勝手に出るなど、いつもはしないが、何か胸騒ぎがした。
「はい…。」
「消防署です。只今、そちらの御主人と思われる60代の男性を緊急搬送いたしました。御家族の方ですか?」
「ど!どこの病院ですか?」晴屋は慌てて聞く。
「T医大病院です。息子さんですか?」
「いえ、息子ではありませんが、あの…先生、いえ鎮丸さんはどのような状態ですか。」
晴屋の顔は青ざめている。
救急隊員が答える。
「我々が駆け付けた時は、心停止の状態でした。すぐに蘇生措置を行いましたので、一命は取り留めました。急いで病院に向かって下さい。」それだけ言うと電話は切れた。
脇で耳を澄ましていた桃寿が、
「お父ちゃん、死んじゃうの?」と泣き出しそうになる。
晴屋は「死にやしないよ!死ぬもんか。」自分に言い聞かせるように言った。
「ご…ごめん。桃ちゃん。ここでお母さんの看病できるかい?お兄ちゃん、お父さんを迎えに行って来る。」晴屋は上着を取りながら言った。
「明ちゃん、きっと連れて来てね。」
桃寿が涙目で言う。両親とも頼む二人がこの状態だ。小さな胸は不安で張り裂けそうだった。
その時、葉猫の頭上にある小窓がひとりでに開いた。何者かが入って来た気配だけがある。だが、晴屋と桃寿には何も見えない。
葉猫は目を開いて、見えない何かに指示している。
「台所の…丸薬をこの人に…渡してちょうだい。」
するといつの間にか、晴屋の手には丸薬が握られていた。
そして晴屋に向かって消え入りそうな声で伝えた。「気絶する人が出たら、これを飲ませるのよ…。」 そう言うとまた目を瞑った。
(気絶する人?)鎮丸先生に飲ませるのではないのか。晴屋は意味が理解出来なかった。
晴屋は「桃ちゃん、いい子にしてるんだ。お母さんをよろしく頼んだよ。」桃寿の頭を撫で、玄関に向かう。
マンションを出て、タクシーを捕まえる。
(一体、先生の身に何が…。)
葉猫の言葉が頭の中でリフレインする。
(危ない!これは普通の魔じゃない!)
先生が負けるなんて考えられない。
一体、相手は何者なんだ。
酒屋の社長の所に出かける時は、いつも通りだったのに…。
「俺がしっかりしなくては!今、動けるのは自分しかいないんだ!」
晴屋は不安を払拭するかのように拳を握り締めた。
(to be continued)