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鎮丸~野獣跳梁~ ②

婦人は静かな口調で続ける。

「私達は神でした。人間もそうです。元々は神です。貴方もね…。ただそれに気付いていないだけ…。」

「なるほど、仰る通りかもしれません。しかし何ゆえに人間に仇なす存在になってしまったのですか?」鎮丸が質問する。

婦人は「神と言えど、六道輪廻いたします。それは人間が神であることと同じです。」と答えた。

「六道全ての波動を経験しなければならないということでしょうか?」鎮丸が更に質問した。

「そうです。神にも人間にもなり、その他の悪しき存在にもなります。そうでないと魂は進化いたしません。」表情を変えずに婦人は言う。

「ふぅ…私にはちょっと理解するのが難しいように思います。」そう言って刀印を解いた。

「今日、伺いましたのは、私達の業をお話するためです。お聞きいただけますか?」婦人は、今まで宙を見るかのような視線だったが、はっきりと鎮丸を見つめて言った。

鎮丸は何も答えず、静かに頷いた。

婦人は続ける。
「私達は人間世界に憧れました。それが因果の『因』です。神が人間に憧れるなど、あり得ないと思うでしょう。しかし、あなた方は分かっていません。人道に生まれることがいかに貴重なことなのかを。」

「そうですか…。」鎮丸が答える。

「私達のその憧れを利用したものがいます。そうした心につけ込む『魔』です。清らかなだけでは生きていけません。人間は、悪しき心も経験いたします。その清濁を併せ呑むことが、人間の醍醐味なのです。」

「なるほど、醍醐味ですか。その通りです。」

婦人は続けて言う。
「息子はその悪しき心に囚われました。そして貴方の手によって魔界に行きました。お不動様が更に地獄に落としましたが、今は魔界におります。魔道です。『魔』は自分の世界に息子を連れて行ったのです。」

鎮丸が深く頷くと、婦人は、
「貴方へのお願いは、その『魔』を探しだし、私達の業を、この呪縛を解いていただきたいということなのです。」と言った。

(『魔』とは、さっき言った分け御霊の男…本人は皇帝だと言っていたが…ではないのか?電脳世界で禿を封じたが、あの男はどうなったろう?また詰めが甘かったのか?)

そこで目覚めた。鎮丸はいつの間にか眠っていたようである。
「先生…!鎮丸先生!」
晴屋が目の前にいる。肩を揺すっている。

「夢だったのか?それにしちゃ、やけにリアルな…。」鎮丸は顔を上げた。

婦人の姿は、もうない。

「…おや?晴屋君、出かけていたのでは?」

晴屋は「いえ、朝からいますよ。先生、昼にお見えになった時から夢遊病みたいでしたよ。」と答えた。

「?」じゃ、あの布団は?

鎮丸は確認しようと施術ベッドに向かった。

入り口にさしかかった時、鎮丸の鼻腔を栴檀と沈香の混じったような心地よい香気が刺激した。

「ん?この匂い?」

確かに婦人の来訪はあったのだ。
だが、鎮丸が眠っていたのも事実である。
一体どこからが夢で、どこからが現実なのか?自分が電話を取ったのも、もしかしたら夢かもしれない。

鎮丸は混乱した。

ふと床を見ると、紙片が落ちている。レシートだった。

「なんか、買い物でもしたかな?」

レシートは飲食店のものだった。

「ふーん…。」鎮丸はそのレシートをゴミ箱ではなく、ポケットにしまった。

「魔」か…。

ポケットの中で、レシートが音叉にまとわりついた。

(to be continued)

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