鎮丸~怪蛇とをらふ~ ⑪
翌朝、鎮丸は早くに晴屋の寺にやって来た。
本堂の脇に見覚えのある自転車が転がっている。鎮丸はそのまま寺務所を尋ねた。
寝ぼけ眼の彼がやや迷惑そうにあくびをしながら出て来た。
「お…おはようございます。」晴屋が言う。
「昨日はお世話様。お蔭で獲物がかかりましたよ。」鎮丸が本堂の方を指さす。
晴屋は思い出したように目を見開き「へ…蛇ですか?」と聞く。
「まぁ、二人で行ってみましょう。」
二人は本堂へ行き、静かに扉を開ける。
中にうつ伏せで人が倒れている。
不動明王像の足元を掴むような手の形で。
鎮丸が抱き起こし、顔を確認する。やはり戸黒だ。既に事切れている。
その時、死体から靄のようなものが発生した。鎮丸は飛び下がる。
手には音叉を握っている。
「危ない。下がって!」
晴屋に言うと、晴屋は訳が分からないまま、本堂から飛び出した。
靄のように視えたものは、瘴気だ。
かなり濃い。
瘴気は一点に集まり、それから広がって巨大な蛇の形を為した。
瘴気は人語を発した。
「馬鹿めが!俺を罠に嵌めたつもりでいるな?!逆だ!俺はお前を食らうために夜明けまで待ってやったのさ!」
辺りをいつの間にか濃霧が包んでいる。
もはや朝日の光も届かない。
と、見る間に瘴気の蛇は実体化した。
鎮丸は咄嗟に音叉を鳴らして蛇に向けた。
「阿呆が!」蛇は口から瘴気を吐いた。
鎮丸は再び飛び退いたが、迂闊にも音叉を落とした。
「まずい!」鎮丸も外へ出た。いつの間にか蛇は益々巨大化している。
ついに本堂を突き破らんばかりの大きさになった。
「大丈夫か!」鎮丸は晴屋の所在を確かめた。怯えているかと思った晴屋は、果敢に蛇の後ろに回り込もうとしている。
「危ない!無茶はよせ!」鎮丸は叫んだ。
(なんとかせねば…。)
ノウマク サンマンダ バザラ ダンカン!真言を唱えると半ば朽ちていた不動明王像が動き出す。
怪蛇の鎌首を左腕で抱え込んだ。
その時、晴屋はすかさず鎮丸が落とした音叉を拾い、怪蛇に投げつけた。「これでも食らえ!」
(無駄だ。鳴らしていない、気を込めていない音叉などただの鉄の塊だ。残念だが効く訳がない。)鎮丸は思った。
だが次の瞬間、音叉は光り、怪蛇の目に刺さった。
「ぐおぉーっ!」蛇は瘴気を吐きながら苦しんだ。
(この若者は?!)鎮丸は晴屋を見た。
晴屋の右手から微かに気が揺らめく。
怪蛇は苦し紛れに不動明王に巻き付き、そのまま木っ端微塵に粉砕した。
飛んで来る木片をよけ、鎮丸は右手労宮から気を出した。
狙ったのは、怪蛇の体ではない。音叉の刺さった目だ。「チーン!」音叉が時空を超えて鳴り響き、怪蛇の目を破壊する。
見事なコンビネーションだった。鎮丸と晴屋の目が合う。二人とも微かに頷く。
片眼になった怪蛇は一層暴れまわった。
怪蛇の太い胴体が「とをらって」いる。
しかし、二人にはもう攻撃の手段がなかった。
また、声が頭に響く。(うふふ。手伝ってやろうか?)
返事をする間もなく、突如落雷が発生し、本堂脇の大木を裂く。
大木は音を立てて怪蛇の上に倒れた。
「ぐわぉぉー!」怪蛇が苦し紛れに瘴気を大量に吐く。
二人は思った。この結界から外へ出なければ!
鎮丸は咄嗟に口を押さえたが、晴屋は瘴気を僅かに吸った。その場に倒れる。
(晴屋!)鎮丸は心の中で叫んだ。
(to be continued)
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