鎮丸~怪蛇とをらふ~ ⑧
葉猫は一人、サロンで仕事に励んでいた。
今日のクライアントは男性である。先日来た虹子より二つ三つ上だろうか。
男性は、晴屋明(はるやあきら)と名乗った。若いのになりはみすぼらしい。全く洒落っ気というものがない。しかし、眼には意志の強さが滲み出ている。
葉猫は「晴屋君、もうちょっとお洒落したほうが好感度上がるわよ。」とさりげなく言った。葉猫はこの青年もてっきり恋愛相談に来たのかと早合点したのだ。
晴屋は、「ええ、元来身なりに構わないたちなんです。それに…」と途中で口ごもった。
「どうしたの?」
「それに、うちは元々、寺なんですが、親父が酒に溺れて檀家にも見切りをつけられ、今は廃寺になってるんです。」と打ち明けた。
葉猫は、「そうだったの…。余計なことを言ってごめんなさいね。」と謝り、
「ところで今日はどんな内容のご相談?」と続けた。
「はい。俺はこの寺を再興したいんですが、在家なんです。なんとか仏教大学に通って、勉強したいけど、お金がない。」
「あ!金運ね。」葉猫が答える。
「そうです。今は朽ち果てている本堂も再建したいと思っています。」
「なにかアルバイトやってる?」
「ええ、ビルの清掃をしてます。これなら制服もあるから、そんなに身なりを気にしなくていいんです。」坊主頭をかきながら、照れ臭そうに言った。
確かにみすぼらしいなりではあるが、よく見ると、洋服はちゃんと洗濯されている。ただ退色が激しい。一体何年着ているのだろう。
「どれどれ?」葉猫は神に手を合わせた。
「あれ?金運好転の鍵は……バイト先を変えることにあるようよ!もっといいバイトがあるのかもしれない。」
「えっ!俺、今のバイト先、気に入ってるんです。時給もそんなに悪くないし。」晴屋は困惑顔だ。
その時、葉猫に声が降りた。いつも鎮丸に語りかけてくる存在だ。
(葉猫、この子、見込みがあるわよん!スカウトすれば?)
葉猫は咄嗟に理解した。霊的な素質があるという意味だ。
小声で言った。「でも、本人は辞めたくないと…」
「え?何か仰いましたか?」
晴屋は葉猫が自分に話し掛けたのだと思った。
「い…いえ、ごめんなさい。なんでもないの。今日はなんだか謝ってばかりね。」
話が噛み合っていない。
「そうね…。だとしたら…。」
葉猫は、また手を合わせる。
「あっ!将来のお嫁さんが内助の功であなたを支えるようよ!」
「働き者の嫁が来るということですか?」
晴屋はあくまで真剣だ。
「俺は今、あまり女性に興味がありません。それに嫁になる人に苦労をかけるようじゃ、駄目だと思います。」晴屋ははっきりと言った。
「偉いわね。でもね、夫婦は共に助け合ってこそなのよ。今、ここに居ないけどうちも夫婦でやってるしね。お坊さんになったって、今は妻帯できるでしょう?」葉猫が言うと、
「寺を再興してからでも嫁はもらえます。」
と晴屋は言った。若いのに頑固だ。
しかし葉猫はこの青年に好感を抱いていた。どこか鎮丸と同じ臭いがするのだ。
「先生、ありがとうございます。」まだ時間になっていないのに晴屋は帰ろうとする。
「お支払いをお願いします。」律儀に坊主頭を下げた。
葉猫は「いいわよ、今回は。出世払いよ。また来てね。」と言った。
晴屋は感激した面持ちで、
「いいんですか?お世話になります!」と、もう一度頭を下げた。
(to be continued)