鎮丸~天狗舞ふ~ ①
サロンで3人がそれぞれの仕事をしている。
葉猫のみ別室にいる。
クライアントの施術は鎮丸と晴屋担当だ。
鎮丸がチャクラの調整をしている。
「晴屋君、1番チャクラ、ブロック。」
「はい。」晴屋がカルテに何事か書き込む。
クライアントは鎮丸と同年代の男性だ。
「いやぁ、晴屋君も一人前の治療師になったね。」仰向けになったまま言う。
「はい、ありがとうございます。」晴屋は軽く坊主頭を下げる。
その時、勢い良くドアが開いた。
若い女性が母親と共に入って来る。何かうわ言のようにブツブツと言っている。
「どうされましたか?」葉猫が応対に出る。
「先生!急患で診ていただけませんか!」
母親が慌てた様子で言う。見たことのある顔だ。以前、一度だけ除霊したことがある。
娘は何事かを言いながら、前のめりに倒れこんだ。
葉猫と母親が両脇から支える。
「大丈夫ですか?」晴屋も駆け付ける。
男性クライアントは、
「何やら大変そうだな。先生、また来るわ。」と言い、支払いを済ませて去って行った。
気絶している娘を母親とサロンの三人、合わせて四人掛かりで施術ベッドに横にならせる。体が異常に重い。
鎮丸は娘の体から瘴気を感じた。
葉猫がカルテを持って来る。
めくりながら、「お母様は昨年、一度お見えになってますね。」と言った。
母親の名前は駒縁舞子(こまふちまいこ)。
カルテには「霊媒体質」と書いてある。葉猫はそれをまっ先に確認したかった。
鎮丸が「最近、どこかに行きましたか?」と尋ねる。
葉猫が「先生、問診は後にして。」と言い、手を合わせた。
神気がサロンに漲る。
晴屋は額を押さえた。物凄い神気だ。ジリジリとする。いつものことだが、まだ体が慣れない。
鎮丸はその間、娘のオーラを調整している。感情のオーラが歪んでいたが、葉猫の神気で元に戻った。もう一安心だろう。
「お嬢様のお名前は?」葉猫が駒縁に聞く。
母親は「翔子です。」と言う。
晴屋が新しいカルテにそれを書いた。
「翔子さんは、どうしてこうなったのですか?」葉猫が聞くと、舞子は一呼吸置いて、
「昨日、高尾山に行ったんです。」と言った。
高尾山は「修験の山」であると同時に、家族で気軽に行けるハイキングコースでもある。駒縁一家も、サラリーマンの父、専業主婦である母、高校生の翔子三人で、ゴールデンウィークの行楽として行った。
天気にも恵まれ、沢山の行楽客で賑わっていた。家族は冗談を言い合いながら、ロープウェイに乗った。
そこからかなり歩き、参道で蕎麦を食べた。
薬王院に参拝した後、頂上の展望地から街を見下ろし、同じ経路で帰って来たとのことだった。それが昨日のこと。
娘の異変は今朝から始まったらしい。
昨日あったのは、普通のハイキングだ。
瘴気に触れる要素はない。
鎮丸は、「翔子さん以外の御家族はなんともなかったですか?」と聞く。
舞子は、「はい。私が薬王院で立ちくらみを起こした以外は何もありませんでした。でも、それもいつものことです。」
「血圧が低いんですか?」晴屋が心配そうに聞く。
「いえ、そうじゃありません。高尾山に登るといつもこうなんです。軽い高山病みたいなものだと思うんですが。」舞子が娘の顔を見ながら、半分上の空で答える。
この時、鎮丸は大体の経緯に想像がついていた。ただ、「あれ」は瘴気を発する存在ではないはずだ。唯一そこが不可解だった。
(to be continued)