鎮丸~妖狐乱舞~ ⑫
新宿の事務所。午前0時。
珍しく夫婦は残業している。が、何も残務処理に追われての残業ではない。
小学生の桃寿(ももこ)は師匠の家に預けてある。今頃は夢の中だろう。
二人には不退転の覚悟があった。
今回は命を落とすかもしれない。
話し合った末、鎮丸がリベンジに挑み、葉猫がもしもの場合のレスキューに当たることとなった。
机の上には仕事用のノートパソコンがある。
霊査で、禿と蓉子がやり取りしていたサイトを突き止め、開く。
「いいわよ。準備OK!」葉猫が言うと鎮丸は印を組み、不動明王真言を唱える。
画面には禿の書き込んだ文字が表示されている。葉猫が大日如来真言を唱える。
オン アビラ ウンケン ……
瞬間、画面が鈍く光る。禿の書いた文字が次第に大きくなり、事務所一杯に広がっていく。人が一人通れる大きさとなった。
葉猫が叫ぶ。「今よ!!」
「ナァモ、アチャラナータ!हांカーン!」
「ナァモ、ヴァイローチャナ!आःアーク!」
二人同時に叫ぶと、鎮丸のみ気を失い、床に倒れた。
葉猫は鎮丸の体にブランケットを掛けると、「しっかりね。」と囁いた。
鎮丸は異世界にいた。森の木々は黒々とし、山はどこまでも続いている。
空だけが薄緑色にぼんやり光っている。
時々、流星のように梵字が空を流れて行く。
しかし、夢の中のように空間は歪んでいない。何もかもがクリアに見える。
「くわっはっはっ!性懲りもなく来たな、老いぼれ!」禿が人間の言葉で話す。
「あぁ、来てやったぞい。この前のようにはいかんからな!」
夢で見た禿と目の前の禿は著しく違った。
体毛は銀色に美しく輝き、筋骨隆々とした体躯は妖狐というよりは、獅子を思わせる。
右が青、左の瞳が赤で、まっすぐにこちらを見据えている。
他の二匹、御前と采女の姿は見えない。電脳世界には入って来れないのだろうか。
「蓉子をどこへやった?」鎮丸が問う。
禿が答えて言う。「あいつはな、前世で散々俺をこき使った。采女の依り代として使ってやる。」
「どういうことだ?お前は2年前に他界した蓉子の祖母の使い魔だったのではないのか?」
「ふはははは…ちょっと前まではな。だが遥か昔は蓉子の使い魔だったのだ。」
「なに?」
「俺達3柱は、この一族に代々使われて来たのだ。しかし、今生での蓉子は霊能力が弱い上に、我々の仲間の筋に触れた。蛇を使うのが精一杯なのだ。」
「それで今生はお前が操る番になったのか!雌ギツネの依り代にすると言ったな。」
禿は静かに答える。「依り代探しには苦労したよ。人間が使う毒草を用いてな。人間の女は20匹くらい殺したかな。」
鎮丸の背中に迦楼羅炎が立ち上る。
禿は動ぜずに言った。「ふふふ…お前を始末する前にひとつ、いいことを教えてやろう。母上の依り代には、お前の女房を選んでやる!」
(to be continued)