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鎮丸~野獣跳梁~ ⑫
獣は咆哮し、空高く跳び上がった。
今まで獣は殆ど動いていない。動く必要がなかったからだ。
しかし、一転、攻勢に転じた。
体中から炎を吹き出し、自らの尾を咥え、円のように回転する。
地面から噴き出している業火を呑み込み、勢いを増して、辺り一面を火炎地獄と化す。采女と禿は低く唸りながら後退る。
「晴屋はまだか…。」もうこれ以上時間は無い。
鎮丸も呪をかけたいが、獣には名がない。
ただ、一つの考えがあった。
「苦し紛れか。呪はどうした。」
鎮丸が挑発する。
獣は赤い眼をさらに光らせ、
(もう茶番は終いだ。鎮丸よ。地獄に堕ちよ。)と吼える。
鎮丸はこの時を待っていた。
オン バジラギニ ハラジ ハタヤ ソワカ!
「真言呪詛返し!」と言うと呪符に念を込めた。呪符はまっぐに獣の額に飛んでいき、張り付いた。
呪はかかった。獣は地獄に堕ちるはずだった。獣の下、魔界の地面は二つに割れたが、獣は堕ちずに宙に浮かんでいる。
(無間地獄こそが、わしの生まれ故郷。
その狐二匹を地獄から連れてきたのを忘れたか。わしは自在に四門出遊できるのだ。)獣が嘲う。
それを聞きながら、鎮丸は「道満晴満!」
五芒星を真っ赤に割れた大地と獣の間に飛ばした。五芒星は赤い光を放ちながら飛んで行き、獣の真下で止まった。
(わしの動きを封じたつもりか。)獣は泰然自若として答える。
その時、東の空に白く光るものがあった。「やっとか来たか…。」鎮丸は言うと、
「降魔伏滅、破邪顕正!」と叫んだ。
東天より大きく真っ白な狼のような気が飛来し、獣の首に噛み付いた。
(ぐわぉーっ!こ…これは、貴様まさか三峯を!)皇帝は取り乱した。
獣は狼に火炎を吐いた。しかし、狼はそこにはもういない。
獣の左手に噛み付いている。
獣は体中から炎を噴き出した。しかし、黒い毛のない、腹部のみ炎は薄い。
狼は容赦なくそこに噛み付く。
白い狼は縦横無尽だ。
(くっ!かくなる上は、葉猫よ、魔界に堕ち…)
言い掛けた瞬間、光り輝く玉のような気の塊が飛んで来て、獣の口を塞いだ。
(わんちゃん!!それ以上おいたはよしなさい!葉猫は私の大事な分け御霊。あなたの贄なんかにはなりません!おとといおいで!)
いつもの声が魔界に響いた。
「哈っ!」鎮丸が左手の刀印を向けると輝く玉は獣の喉の奥に入っていった。
すかさず白い狼が顎の下から頭突きを食らわす。獣はもんどり打って五芒星の上へと落ちる。
赤い五芒星の上、獣は細かい粒子になり一度雲散霧消したが、次には禿と全く同じ大きさの黒い妖狐に戻った。
狼のような気は、黒い妖狐を静かに口に咥え、風のように東天へと去った。
しかし、鎮丸はこの時、(ふふふ…面白い男よ。また相まみえようぞ。)と言う獣の声を聞いた。
鎮丸は初老の男に戻っている。瞳の色も黒だ。
「何言ってやがんだ!負け惜しみか?」
口ではそう言いながら、今回の敵の禍々しさ、底知れぬ恐ろしさを肌で感じていた。
禿と采女の青い瞳がこちらを見ている。二匹は頭を下げ、炎揺らめく大地の向こうへ消えていく。空にはもう邪眼はなかった。
(to be continued)