鎮丸~妖狐乱舞~ ⑨
新宿駅前の喫茶店で若い男女が会話している。神永と蓉子である。
「蓉子ちゃんさ、言いにくいけど、最近なんか変だよ。」
「そんなことないわよ。」
「言ってることが支離滅裂だし、いつも心ここにあらずで、僕の話伝わってないよね?」
「寝不足だって言ってるでしょう?!まったくバイト先では人間関係うまく行かないし、何よ、神永さんまで!」
「いや、ごめんごめん。ただ夜更かしも程々にね。」
「あたしが夜、どう過ごそうと勝手でしょ?!」
「それはそうだけど…もうそろそろ店、出ようか?」
と言う神永に対して蓉子はこう言った。
「私、もうあなたとは会いたくない!」
蓉子は店を出るなり走り出した。よくは見えなかったが泣いているようだった。
「あぁ、僕じゃ支えきれないのか…。」
神永は肩を落として駅の方向へ向かった。
その頃、蓉子はすっかり男の信奉者になっていた。
男にネット上で相談をするが、すぐには返事は書き込まれない。
まるで託宣のように時間を置いてポツリと書き込みがあるのだ。
そのタイミングにも慣れて来た。しかし、今夜は蓉子が書き込む前にコメントがあった。
「あーだめだだめだこの男、思いやりの欠片もない!」
「正体は狐!」
「上司?ふふん、こいつは蛇だぜ!」
「二人の行く先に待っているものは?」
「俺の一番好きな曲、それはQUEENの
『地獄へ道連れ』!ひゃっはー!ロックだぜ!」
これらの一連の書き込みを蓉子は自分へのメッセージだと受け取った。
「俺はなんでもお見通し!なにしろ皇帝!」男は自分を神格化している。
翌日、蓉子のバイト先。
蓉子は西新宿のオフィスビルで事務のバイトをしている。
「緑川さん!見積書のここ、直しておいてって言っただろ?!お客様から大クレームだよ!」若い営業マンが怒鳴っている。
最近いつもこうだ。大したミスじゃないのに…。私のことを嫌いなんだ。
見かねた課長に呼び出される。
「緑川さん、どうした?君らしくないな。最近の君は集中力に欠けているね。人の話も聞いていないようだし。」
こいつも敵だ。みんなそうだ。神永も。
味方はいない。ネットで会う男だけが、私を理解している。
「すいません。体調が悪いので早退します。」それだけ言うとさっさと席を立ってしまった。
「お…おい!緑川さん!……全く最近の娘は。」課長は口元を歪めた。
それきり蓉子がバイト先に姿を現すことはなかった。
(to be continued)