1
彼とは仕事で出会った。
彼も私も20代、彼は日に焼けた肌に八重歯、ちょっと浮いた感じの紺色スーツが安心感を誘う風貌だった。そんな彼の目に私はどのように映ったのだろう。お化粧が苦手なので口紅も極薄くしかつけず顔色が悪かったし、少し脚を出し過ぎていたかもしれない。当時流行していたパーマがかかりすぎていたかもしれないので、思い出すと最悪だ。そんな私に対して彼は常に穏やかに接し、同席していた彼の上司と談笑する姿もゆるやかに、逞しそうな身体つきとは裏腹に笑った顔のあどけなさがとても目を引いた。
当時、私には社会人サークルで知り合ったボーイフレンドがいました。年上のやさしい人だったと思いますが、その人と会う度に性格的ズレを感じて、次第に顔を合わせるのが苦痛になっていたように記憶しています。しかし、そのサークルにはお世話になっていて、なかなか自ずからお別れの行動にうつすことも出来ず悩んでいた時期だったことを思い出します。短期間とは言え、このようにお付き合いしていたボーイフレンドとの記憶が曖昧なのは、たぶん彼のせいです。当時の私の頭の中は次第に彼のことでいっぱいになり、他には何もいらないと考え始めていたのだと思います。
彼との仕事は、ほぼ1ヶ月くらいで完了した。その1ヶ月の間、私たちは何度か顔を合わせ、仕事を含めたくさんの話をした。その殆どの場所は彼が運転する車の中だったと思う。すべての会話や彼の表情を思い出すことは不可能だけど、今でも忘れられない瞬間はいくつもある。彼の運転する車の助手席に乗った私に話してくれた他愛もないこと、名前のこと、ワイパーレバーに下がった御守のこと、その御守が青色だったこと。そして彼の運転が少しだけ怖かったこと。標識と停止線に気付かず交差点を突き抜けてしまったこと。恐怖を訴える私に、あの穏やかな笑顔をこちらに向けたこと。