ラジごっこ ①
「今日もいっぱい死んでるなぁ」
沖縄では当たり前となっている新聞のお悔やみ欄。
そのページをじっくりと見回しながら父がそう言ったのを、咲希は何度も聞いた。
まさか自分が47歳という若さでそこに載るとは思ってもいなかっただろう。
咲希の父親である和成(かずなり)は膵臓の病でこの世を去った。
病気が発覚してから医師に「余命一年」と言われ、そこから半年ちょっとで逝ってしまった。一人娘である咲希が念願だったドルフィントレーナーとして働き始めた矢先の事だった。
母の晴海と二人でどうにか四十九日の法要を終えた翌日、咲希はずっと気になっていた箱を開けることにした。
父親の書斎の本棚に仕舞われていた箱だ。
和成は土産屋に商品を配送する職に就いており、ほとんど家で仕事をする事などなかったのにも関わらず自分の書斎を持っていた。そしてどんなに疲れて帰ってきても、夕食後、家族分の食器を洗い終わるとお気に入りのウイスキーを持ってその部屋に入り、深夜までラジオを聴く。時折、笑いを堪えるような声が咲希の寝る部屋まで聞こえることもあった。
和成が遺した箱は「銀座餅」という揚げ煎餅が入っていたもので、箱蓋の空いたところに手書きで「ラジごっこ箱」と書かれていた。
ラジごっこ。
咲希はそこに何が入っているのか、知っていた。
たくさんのCD、MD、USBメモリが詰まっていることだろう。
それはラジオが大好きな和成が、自分でラジオの真似事をして録り溜めてきたものだ。
咲希も幼い頃からよく、「お父さんとラジごっこやろう!」と和成から誘われては、その時代ごとの録音機器の前に座らされていた。
「この箱を開けたら、私、どうなっちゃうんだろう」
まるで玉手箱を開ける直前の浦島太郎の身を案ずるように、自分自身を俯瞰しながら咲希は呟いた。
きっと開けたらラジごっこを聴かずにはいられない。その事を確信していたからこそ、尚更そう思うのだった。
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