KAN 詞の世界 vol.2「けやき通りがいろづく頃」
前回の投稿で、僕がKANという極めて中毒性の高い「底なし沼」にはまる大きなきっかけとなった「けやき通りがいろづく頃」という楽曲の歌詞について触れました。
今回は、この楽曲について自分なりに掘り下げて解釈をしていきたいと思います。(前回に引き続き敬称略で書きます。ご容赦ください。)
KANが紡ぐ若者の恋愛群像劇
静かな空気が流れる導入部
タイトルを認識していればこの歌が「秋の出来事」であることはわかります。「窓側」とあるので舞台は喫茶店のようなところでしょうか。いずれにせよ主人公は異性である女友達と会話をしています。
女性から彼氏ができたということを告げられ「うれしいことは早く言えよ」と言いつつ祝福をしていることがわかります。
これはもう中学生くらいから経験する「恋愛あるある」です。恋人ができたと報告する友達に対して「なんだよ、照れてないでもっと早く言えよぉ」という、微笑ましい青春ドラマの一コマ。
イントロが無いこの歌は、ピアノとベースだけのAメロからスタートします。まるで舞台の緞帳が開いてお芝居が始まったかのようにリスナーは一気にこの物語に引きずり込まれるのですが、しかし突然入ってくるドラム2発のキメで物語は急展開を迎えます。
サビで突如登場する「あいつ」。人間関係が明らかに。
この歌にはBメロがありません。前述のように突然サビが始まり、歌詞の内容は二人の会話から「主人公の頭の中」へと移動します。
主人公の友人、おそらくこの女性も含めて3人で仲良くしていた"あいつ"。あいつは"きみ"のことが好きだった。でも"きみ"には別の彼氏ができた。
この女性が「はやく言えなかった」のは、3人の楽しい日々に終止符を打つことに対する"罪悪感"というか"後ろめたさ"のようなものが原因。しかし、今は「恥ずかしそうに」自分の幸せを言葉にしている。
主人公は「よかったね」と優しい言葉をかけ、2コーラス目では「いろんなことは僕が離すから君は電話をしなくていい」と女性を思いやります。
一方、"きみ"には決して見せない「アンニュイでざわついた心情」は、華麗な移調をサラリと使ったサビのメロディに乗せることでうまく表現されています。
なんてことのない若者の恋愛群像劇を、清涼感のある美しい歌詞に仕立てています。おそらく主人公はKANであり、リスナーは他の登場人物を知る由もありませんが、なんとなく映像として風景が浮かんできます。それはポイントポイントで「窓側」「木もれ陽」「西陽」という情景を示す単語を散りばめているからに他なりません。
さて、物語はこのまま2コーラス目まで情景と会話で構成されていますが、ラストとなる3コーラス目は、主人公の独白を中心に進んでいきます。
独白の終盤、友情を叫び終演
最後のサビで語られる主人公の「好きな人」。散々"きみ"の良き理解者として立ち回った"ぼく"も、実はあいつと同じように好きな人がいる。しかし「好き」と告げられずにいる苦しい胸の内が語られています。
そして、それでもなお最後にここだけで使用されるメロディラインを使って叫ぶのは「あいつを忘れないでいてあげて」という友情。
ただし、この最後のフレーズに冒頭で「とにかく」とついていることから、本当はもっと話したいことがあるのに無理やりに話を打ち切った印象を受けます。言葉にするのも難しい思いを主人公が抱えていることがうかがえます。
一体主人公はどんな立場にいたのか?好きだ言えない理由は?答えの無いままにドラマはエンディングを迎ます。始まりと同じくピアノとベースだけの演奏に戻ることで、今度は緞帳が締まるような空気を感じさせるのもニクい演出です。
登場人物は4人、いやもうひとり?
さて、これは余談ですが解釈の仕方によっては主人公の「好きな人」は"きみ"ではないか?とも思えます。
そのことについて、先ごろ発売されたKANの歌詞を集めた書籍のライナーノーツで本人がこう語っています。
発売から30年以上が経過して、なおリスナーの想像力に委ねてモジモジさせるKAN。やはりこの人はファンを楽しませることを第一に考えているのだと強く感じました。
「本当はどっちなのかしら?」「主人公が抱えていた悩みとはなんだろうか?」そんなことを考えつつ、楽しみながらお聴きください。
【好きなフレーズ】
西陽にほほを押さえて
がんこだった君が細く笑う