KAN 詞の世界 vol.3「東京ライフ」「TOKYOMAN」
KANの歌詞の世界。その多くが「木村 和」というひとりの男の生活や思考回路を赤裸々に描いたものです。当然、毎日を暮らしている「東京」という街は頻繁に歌詞に出てきます。今回は、それがタイトルにも含まれている2曲を取り上げて掘り下げていきたいと思います。
(今回も敬称略です。ご容赦ください。)
地方出身者の孤独「東京ライフ」
曜日の羅列で無為に流れていく日々を表現
ロシア民謡の「一週間(日曜日は市場へ出かけ♪)」を思わせるような、曜日を並べる手法を用いたAメロ。 「一週間」の日本語詞には『月曜日にお風呂を焚いて、火曜日にお風呂に入る…』という時系列がハチャメチャな歌詞がありますが、この『東京ライフ』も似たようなところがありますね。あくまで曜日の羅列はギミックであり、「忙しさの中で無為に流れていってしまう日々」が表現されています。
『東京ライフ』はKANの5枚目のシングル。デビューしてからここまでのシングルのセールスは、お世辞にも順調と言えるものではなく、この時期のKANの不安や苛立ち、焦り、そしておそらく「働いて生活をしている友達への劣等感」も感じられます。
孤独な内面を綴るBメロ
「東京には来たけれど…」という思いを、便利な生活を享受していることを記した、たった一行で表現するテクニック。しかし、そんな生活の実態はといえば、自分に嘘をついて生きている。
筆者も地方出身者なので思い当たる節がありますが、東京で暮らす中で孤独を強く感じて悶々としていた時期があります。Aメロで人との接触を避けてきたことも描かれていますので、尚更のことでしょう。
彼女ともうまくいかない毎日
2コーラス目は「彼女」の存在を中心に描かれます。しかし、こちらも幸せには程遠い描写が続きます。「それぞれの言い分」をぶつけあう中で信じあっていても、小さなことで壊れかける関係。
全編を通して何も解決できないままであり、明るい未来を全く感じさせず、唐突に「彼女だけが心の支え」であることを告白する。ここまで赤裸々に人間の弱さや惨めさを詞はなかなか無いと思います。しかし多くの人が若い時代に似たような体験をしているのではないでしょうか。人としての未熟さ故に起こってしまう恋人との別れは、若いうちには往々にして起こることです。
歌詞の中では「自分や彼女がどんな人物か」については一切書かれていません。そのことでリスナーは自分の心にしまってある「自分の物語」と歌がリンクし、心に刺さるのではないでしょうか。
ちなみに、この曲にはサビがありません。「ドラマチックなことなど何も起こらない」ことはメロディの構成でも演出され、侘しさに拍車をかけているのです。
シングル発売時には打ち込みのシンセサウンドでしたが、筆者は「より孤独感が強く出ている」と感じるピアノの弾き語りバージョンをお勧めします。少しハスキーなKANの声は、泣き出しそうなソレに聞こえます。強く叩くスタイルの鍵盤の音と相まって、胸にグッときます。
悩みは尽きない「TOKYOMAN」
実在の友人が登場するノンフィクションな歌詞
『東京ライフ』から4年。レコード大賞まで受賞し、J-POPのアーティストとして一定以上の成功を収めたKAN。しかし、それでもすべてが充実していたわけではありません。(というよりも、今度は「売れ続けるための量産を求められ苦しんでいたことは本人も様々なところで語っておられます)
若き日の苛立ちとは別の悩みを、健之(たけし)、パリの香織、喧嘩好きの小山…といった実在の人物を使って表現していきます。
この曲はビリー・ジョエルの「say goodbye to hollywood 」を目指したとKANは語っていますが、それはメロディだけでなく、複数の人物が登場する歌詞の構成も含めてのことだと思われます。
しかし、(大変失礼ながら)「千葉」「たけし」「小山」といった気取りも洒落っ気も無い固有名詞を使うことが、「J-POPとしてのリリアリティ」を際立たせています。
何も解決しないが、生活は続く。
東京ライフとは一転、 「Life Goes On」の姿勢が歌詞に出ています。それが余裕なのか、はたまた諦めなのか。どちらにせよ「生きていくために必要な強さ」であることには間違いありません。
KANのような、自分のことを大胆に歌にするアーティストのファンをやっていると「一緒に歳を重ねている」ということを強く感じることがあります。東京で悶々とした思いを抱えて暮らし、独りよがりな悩みに苦しんでいた青年が、30代を迎え悩みを抱えつつも頑張って生きている。そういった「人としての成長」や、「あいつも頑張ってるな。みんなそれぞれ悩みはあるな。自分もやらなきゃな…」というような感情を持つことは、おそらく多くのリスナーも、歳月を経て経験しているはずです。
登場人物の素性を具体的に書かない「東京ライフ」であっても、超具体的な「TOKYOMAN」であっても見事に「your song」にしてしまう。これこそがKANが作詞家としても超一流である所以なのだと思います。
【好きなフレーズ】
Thursday 地下鉄が 君の仕事場まで のびたから
Friday 少しだけ 気分的に楽になる(東京ライフ)
昔おれにほれてたのに 今や強気でこう語る(TOKYOMAN)
【余談】
筆者はKANと同年代のピアノ弾き「大江千里」も好きなのですが、彼の描く東京もなかなか味わい深いです。同じように「孤独」や「うまくいかない感じ」を描いていますが、聞き比べるとテイストの違いに面白さを感じると思います。「Chicago」のオマージュであろうイントロも聴きどころです。