日式カラオケ「クラブ銀座」の夜、哲学と酒の香り
深セン・羅湖日式KTV「クラブ銀座」
煌びやかなネオンが窓に反射し、落ち着いたジャズが流れる店内。
上質なウイスキーの香りが漂うカウンターで、70代の男・真田と俺はグラスを傾けていた。
「そういえば、真田さん言ってましたよね。『俺はアンドロイドなんだ』って。」
初老の男は静かに氷を揺らしながら、この言葉を思い出しているようだった。
俺は続けた。
「あの言葉、俺の心に強く残ってましてね。
たぶん、単なる冗談ではなく、何か深い意味があったんじゃないかと。」
男はゆっくりと口を開いた。
「なるほど…お前さんは、あれをどう解釈した?」
「死生観の表現だと思いました。」
その言葉に、男は少し驚いたような表情を見せた。
魂の話
「俺はね、無神論者なんです。
宗教っていうのは結局、金や政治の道具でしかない。だから、一切信じていません。」
そう言うと、男はふっと笑った。
「無神論者が死生観の話をするってのも、なかなか面白いな。」
「まぁ、小僧の考えですけどね。」
俺はグラスを置き、言葉を選びながら話し始めた。
「俺たち人間の主体は、『魂』だと思っています。
デカルトの『我思う、ゆえに我あり』ってありますよね。
あれは、自我が存在の根拠になるという考え方ですけど、
俺はこの『自我』こそが魂の核になる部分なんじゃないかと。」
男は静かに頷き、ウイスキーを口に含んだ。
「ほう…。」
「だから、体はただの器です。俺たち魂が入るためのね。」
「ほうほう。」
「ここがアンドロイドと似ている部分かもしれません。でも、決定的に違うのは、アンドロイドには魂がないということ。」
エネルギーとしての人間
「この世の中のあらゆるもの…人間の体も、アンドロイドの体も、
結局は目に見えないエネルギーの集合体に過ぎません。
体が灰になろうと、土に返ろうと、解体されようとも、
そのエネルギーが分散されるだけの話なんです。」
男は氷を揺らしながら、考え込むような表情をした。
「だから、『人は自然に返る』と言われるんでしょうね。」
「…なるほどな。」
男は感慨深げに呟いた。
魂はどこへ行くのか
「ただ、ここからは未知数ですが、俺は魂ってのはエネルギーを集める主体、
つまり磁石みたいなものじゃないかと思うんです。」
「磁石…?」
「だからこそ、体が消えた後も、魂はどこかで休息をとり、
その後、新たなエネルギーを集めて生まれ変わるんじゃないかと。
つまり、精子と卵子が結合する瞬間に、
この世を支配する大きなプロセスの中で新しい人間として生まれ変わる…。」
男は、驚き半分、面白がるような表情で俺を見つめた。
「輪廻転生ってやつか。」
「まぁ、それに近いですけど…魂がどこに行くかは分からないですよね。
また人間になるのか、それとも植物か動物か…笑」
「なるほどな。つまり、お前さんは“親を選べない”ってところが重要だと?」
「ええ。だから、転生には自然のルールというプログラムがあるはずだと思うんです。」
前世の記憶と探求心
俺は一息つき、ウイスキーを飲み干した。
「実は俺、一度だけ前世の記憶みたいなものを見たことがあるんですよ。」
「ほう? どんな体験だ?」
「他人の最期を見たような気がして…雷が鳴る中、軍服姿で牢屋に入って怯えていたんです。その体験が、俺をこういう探求に駆り立ててるんです。」
男はしばらく黙っていた。
グラスの氷が静かに溶ける音だけが響く。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「…お前さん、面白い考え方をするな。」
「俺にとっては、これが普通なんですよ。
心残りや痛みがなければ、死ぬことも怖くない。
ただ、大切にしたい人や、まだ成し遂げたいことがあるから、今はまだ死にたくないだけです。」
俺はそう言って笑った。
「でも、それも含めて俺らしい生き方なんだと思います。」
「俺はアンドロイドなんだ」
その意味
俺はふと、グラスの中の氷を見つめた。
「だから、真田さんが『俺はアンドロイドなんだ』って言った時、
あの言葉が名言のようで、でもどこか妙に寂しく聞こえたんです。」
男はじっと俺を見つめ、ゆっくりと頷いた。
「なるほどな…。
あいつの言葉には、もっと深い意味があったのかもしれないな。」
俺は微笑み、最後の一口を飲み干した。
「もしかしたら、俺たちは皆、何かしらのプログラムに従って生きているのかもしれませんね。」
「それを言うなら、魂も一種のプログラムかもしれんな。」
男はそう言って、静かに笑った。
クラブGINZAの夜は、深く、そして哲学的な色を帯びていた。