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平隊士の日々 元治元年卯月二十

元治元年卯月二十  


井上組長が起こしに来ない。
心配になって、部屋をのぞいたら腹が痛いと、のたうち回っている。
田螺に当たったかな。
山南総長に連絡したら、
「分かった、歳さんには俺の方から言っておくので、
稽古をするように。」と言われた
山南総長と、土方副長と稽古。

朝食、お浸し、味噌汁、漬物、梅干し、ご飯。

本日の隊務割。
午前は非番、午後は東巡察、夜は西巡察。

非番なので、
「医者を呼びましょうか。」と井上組長に聞いたら
「俺が行くからいいよ。」と油汗を流しながら言うので、
仕方なく、組長を木屋町の南部先生の所へ連れていく。
やはり、田螺に当たったようだ。
南部先生の話では、
「この時期、田螺は卵を持っているので、当たりやすい。
ちゃんと火を通して食べる事。」と言われた。
組長を抱えて、屯所に戻る。

当直なのに、沖田組長は庭で、子供と遊んでいる。
組長を見つけて、
「源さん、京都の水があわないんじゃないの?」
「馬鹿言うな、大丈夫、稽古をすりゃなおる。」
大丈夫かな、食あたりは怖い。
僕は二日、森は三日、寝込んだからなぁ。

昼食、雑炊、煮浸し、たくあん、梅干し。

三番隊と東巡察、
井上組長の代わりに、山南総長が先導する。
いつも通り、木屋町通りと河原町通りを交互に北上していると、
伊勢屋町のそばで、浪士らしき集団を発見。
山南総長が誰何すると、
桑名藩士加太孝喜と名乗ったので、
丁寧に非礼を詫び、巡察を続け、屯所に戻る。

夕食、しゃも鍋、叩きごぼう、いり卵、漬物、ご飯。

山南総長と西巡察、
堀川通の桝屋町あたりで、浪士らしき集団を見かけるが、
鞍馬通りを突っ切り堀川に飛び込み、逃げられてしまう。
本当に、最近は浪士が多い。
何か大きな事が起きるんじゃないか、
京都の町が不安に包まれているようだ。
屯所に戻る。

加藤と軽く酒を飲み、加藤が東北の出身と知る。
今時分はまだ、雪が残っているとの話を聞き、
大阪とはずいぶん違うなぁと思う。
話している内に眠くなり、寝る。


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