いいね!ってなんだろう
この世には、
目には見えない褒めの住人達がいる。
奴らは時として牙(中国語で歯の意)をむき、
君たちを褒めに掛かって来るかもしれない。
唐突なのだが、この世には「いいね!」という機能が存在する。
いや、こんなこと改まって書く必要もないぐらいこの機能はありふれているし、読者のみなさまも重々理解されていることと思われるのだが……
「いいね!」
別名グッド、ニコる、スキ、ハート、高評価、カルマ、そうだね…etc。
所によって若干名称が違っても、大体他者の書き込みに対し、称賛や感謝、共感といった感情を簡単に相手へ伝える手段として広く使用されている。
あと、
序文で「褒めの住人は目に見えない」とあるが、半分ほど嘘である。正確には、「所によって見える場合があったりする……というか見える所の方が多い」である。
例えばnoteやTwitter(現X)は褒めの住人が何者なのか知ることが出来るが、YouTubeは序文通り褒めの住人を知ることは出来ない。
閑話休題。
このいいね!機能、実に画期的な機能である。
わざわざ「すごい!」とか「かわいい」などと書き込む必要が無くなるし、何よりいいね!された数が表示されるのが良い。書き込みの注目度がとても分かりやすい。
……などと書いてしまえば私がSNS素人だとバレてしまうのだろう。
しかしこんな機能10年前にはあっただろうか。
当然あった。バリバリ存在する。
それでは20年前の2004年はどうだろう。
恐らくあった。いいね!機能の始祖であるFacebookは2004年生まれであるし、各種ブログウェブサイトなどにも似たような物があったんじゃないか?ただ、そこまでいいね!機能の普及はしていなかったと思う。
(※要出典)
【結論】恐らくいいね!機能は2010年代にTwitterやSNSが普及するにつれ広まっていったのだろう。
さて、実はこのいいね!機能の欠点を考えてみようというのがこの記事の本題だったりする。
欠点?何があるのだろう。私のツイートが全くいいね!されなかった事ぐらいだろうか。
それはともかく、実は幾らか欠点がある。
まず、他人を褒める言葉が統一される問題。
これは要するにボキャブラリーの問題だ。
例えばカレーの写真があったとする。
[🍛]
これに対して現実世界なら「辛そう!」とか「美味しそう!」なんかの返事が返ってくる。
しかし、これが「いいね!」ならどうだろう。
もちろんカレーに対して「いいね!」は十分伝わる。しかしそれだけでは誤解を招くと言わざるを得ない。何が「いいね!」なのか分からないからだ。
続いてうさぎの写真を見せたとする。
[🐇]
これに対して現実世界なら「かわいい!」とか「美味しそう!」なんかの返事が返ってくる。
これにも「いいね!」と言ってみよう。
彼はケモナーと誤解されてしまった。
まあ、要するに、うさぎもカレーも返事を全て「いいね!」にしてしまうと、される側へはっきりと感情が伝わらないのだ。
などと考えた訳だが、ぶっちゃけこの程度なら簡単に解決できる。
「いいね!」した後その感想でも書き込めば万事解決である。うさぎの一件も「尻尾がふわふわでかわいいっ!」などと書き込めば、彼が誤解される心配も無い。この問題は解決した。
しかしもう一つ欠点はある。それは、いいね!の数である。
ご存知のとおり、現代は数字が物を言う世界である。動画の再生数が1000万を超えただとか、今年のサンマの漁獲量は・・・等と日々会話やニュースの中で聴く機会がある事と存じ上げる。
それでは本題に移ろう。ここにいいね!数10の記事があるとする。「スキンヘッドの有用性について」という記事であり、スキンヘッドはいかに機能的で格好いい髪型であるかについて書かれているのだが、あまり共感されることは無かった様だ。
貴方はこの記事についてどう思っただろう。残念ではあるが仕方がないと思った貴方も居れば、スキンヘッドなんかダサいと思ったそこの貴方も居るだろうし、興味ないねという貴方も居るだろう。
では次に、いいね!数100の記事があるとする。「スキンヘッドで山を焼いてみた」という記事である。5人のスキンヘッドで一点に太陽光を反射させ、火を起こし、山ひとつ燃やし尽くしたという記事なのだが、非常に反応が良かった様である。
貴方はこの記事についてどう思っただろう。スキンヘッドすげえええと思った貴方も居れば、山を燃やすなんて酷いと思った貴方も居るだろうし、興味ないねという貴方も居るだろう。
そして最後にいいね!数1000の記事があったとする。「こっそりスキンヘッドに落書きしてみた」という記事である。心やさしい貴方なら、これはとんでもない記事だと思われる事だろう。
しかしいいね数は1000もあるのだ。1000である。
やさしい貴方は、こんなのにいいね!する人が1000人も居るのだと分かってしまい、悲しみに暮れることだろう。
まぁ、このお話は「いいね!の数は時として牙を向き、君たちに襲いかかって来るかもしれない」という注意喚起の様なお話である。
たくさんいいね!貰えると、それだけモチベーションも上がるんだけど、貰えないと悲しいからね。
最後まで読まれた貴方も今一度、いいね!について考えてみてほしい。
今日はそんなお話。
スキンヘッド愛好家の皆様ごめんなさい。