100日後に散る百合 - 1日目
一目惚れをしてしまった。
小説の面白さは、最初の3行で決まると聞いたことがある。
要は、そのファーストインプレッションでどれだけ読者の心を掴めるかが肝心なのだ。
だから、このお話は私が一目惚れをした瞬間から始まっている。
と、ここで既に4行使ってしまった。
しかし、一目惚れを”してしまった”のだ。
恋愛感情というのは、もっとこう、時間をかけて醸成されるべきじゃないのかな。
こんな、
ただ、
たまたま目にした女の、顔が良いってだけで、
私は何でドキドキしているんだろう。
顔。
ああああああああああ。
これが、
あー、
…………これが、恋なのかな?
いや、早まるな。
2年生になって、少し心が浮ついているだけだ。
浮つくような理由も特にないけど。
金子萌花はそんな短絡的な思考をする人間じゃないはずだ。
どちらかと言えば、考えすぎてしまう方だと思う。
あれこれ考えてしまって、前に進むことが出来ないことは多い。
だから、短絡的な人はむしろ羨ましい。
ん?いや、羨んでいるのは、短絡的ではなく、楽観的思考かな?
まあいいや、とにかく、このドキドキを早急に恋と決めつけるのは、
明らかに思考のプロセスをすっ飛ばしすぎている。
これではまるで、私がそうであってほしいと望んでいるみたい。
…………
……………………あれ?
望んでいるのか?
私は、これが恋であってほしいのか?
「金子」
え?
先生が私を呼んだ。気がする。
「図書委員でいいか?」
ああ、そうだ、委員会決めてるんだった。
始業式が終わって、教室に戻って早々に委員会の役員を決めているんだった。
あの女のことが気になって、それどころじゃなかった。
まあ、別に委員会なんてなんでもいいよ。
図書委員は、面倒だからやりたがらないんだろうな、みんな。
最後まで枠が余ってたようで、
何の役員にも手を挙げなかった私がなるのは仕方が無い。
みんなのためにやってあげようじゃないか。
私は偉い。誰か褒めて。
「はい、いいです」
これで私は、2年3組の図書委員だ。
が、委員会には各クラス2人が就くはずだ。
ということは、私ともう1人は誰だろう。
苦手な人だったらどうしよう。
あの辺のギャルとかだったらどうしよう。
きっと、
「あーし、今日予定あっから、金子チャンに任すわ」
とか
「てかマヂ図書いーんとかダルくね?金子チャン真面目すぎで草」
とか
「金子サンと委員会つまんねーwww」
とか
「金子サンって、休日とか何してんの?」
とか
「どうしたって死には抗えなくね?」
とか
そういうことを言われるんだろうな。
うっせー。うっせーばーか。
お前の好きなドラマのネタバレしてやろうか。
机の脚のキャップ1個だけ外してやろうか。
筆箱の中のペンの向き全部逆向きにしてやろうか。
あー、でも、ああいう連中は、ペンの向きとか揃えないんだろうな。
かく言う私もそんな徹底してないわ。
が、ギャル子は図書委員じゃなかったみたい。
まあ、どうせ仲良し組で同じ委員会にでも入っているんだろう。
先生が手を叩いて言う。
「じゃあ、金子と立川で図書委員な」
「よし、これで委員会は決まりだな。休み時間の後にクラスの係決めするからな」
ぬるっと休み時間に入った。
みんなが席を立ったりしている。
私もトイレに行こうかな。
あの女の(顔の)せいで、頭が少々疲れた。
……立川って誰だろう。
少なくとも1年のクラスメートではないな。
さて、トイレ。
「えっと、金子さん」
しゅるるるる。
透き通るような、
儚いような、
それでいて、
絶対に消えることのないような、
そんな声が、私の身体全体に絡みついたようで。
私は、もう、そこから動けない。
息を吸う。
振り返る。
「図書委員会、よろしくね」
顔。
そうか、この人が立川なのか。
顔が良いな。
私が、今朝、教室に入った途端に目を奪われた女がそこにいる。
顔が良いな。
おまけに声も良いのか。
ずるいな。
なんでこんなにドキドキしてるんだろう。
体温が上がっていくのが分かる。
瞳孔が開いていくのが分かる。
私、嬉しいんだ。
ふふっ。
少しおかしくなってきてしまった。
嗚呼、だめだ。
「ああ」を漢字にしてしまうくらい、だめだ。
私は、立川が好きになってしまっている。
もう手遅れだ。
100日後の私は、立川とどうなっているんだろう。