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100日後に散る百合 - 8日目


立川咲季は謎の多い女だ。

休み時間になると、

消える。

いや、消えてはない。

彼女が教室から出ていくところを私は見ている。

今までみたいに書類を書くことはなくなったみたいだけど、

教室から出て、どこかへ行ってしまう。


「モカ、どうした?」

「ううん、別に」

監物風薇は、今日の昼休みも私のところに来た。

1年の時のクラスメートで、

今は別のクラスだけど、

友達のいない私に構ってくれる。

今日のランチはメロンパンで、

小さな口でもそもそと食べている。

そういえば、

「私がメロンパン好きじゃない、って言ったら、風薇めちゃくちゃキレたよね」

「キレた」

ジト目でこちらを睨んでいる。

メロンパンで口をいっぱいにしている彼女は、

さながら、獲物を狙う小動物みたいだ。

「人の好き嫌いにとやかく言うつもりもないが、美味しそうにメロンパンを喰っている相手を目の前にして、わざわざ言うことではない」

「じゃあ、プレゼンしてよ」

「なにを」

「メロンパンの良さ」

「なんで好きでもないやつに魅力をプレゼンしなければいけないんだ。こちとら布教する為にメロンパンを喰っているわけじゃない」

「私がメロンパン好きにならなくてもいいの?」

「知ったこっちゃねーよ!モカがメロンパンが好きだろうが嫌いだろうが、私には何の関係もない」

サイドテールをぶんぶんしながら、声を荒げている。

私自身には興味がないのかな。

「メロンパンは美味しい。その命題の真偽はいかなる変数にも影響されない。トートロジーだ」

「同語反復?」

「違う!恒真式的な意味でのトートロジー」

「ふーん」

よく知らない。

「あーもう!無駄にカロリー消費した!」

「それはあんたの勝手でしょ」

「腹減った!」

こちらに身を乗り出して、

口を開ける風薇。

てっきり私が食われてしまうのかと思ったが、

そうではないようだ。

大気のポーズ。

間違えた、ヨガかよ。

待機のポーズ。

「えーと、おかず、欲しい?」

「きんぴらごぼうを所望する」

「チョイスが渋いな」

昨日の餌付けは効いたみたい。

けど、毎日求められるとしんどいな。

箸できんぴらごぼうを摘まむ。

簡単なのでよく作る。

風薇は口を開けて、もしゃりと。

「ん~、うまいぞ!」

「お粗末様」

「ほほろで」モグモグ

「なに?」

「…………ところで」

「うん」

「委員会はどうした?」

「あー、図書委員会」

訝しげな顔をしている風薇。

まあ、気持ちは分かる。

不本意ではないが本意でもなく決まった委員会。

私がやりたがるようなものではないと、

彼女も思っているんだろう。

ただ、

私には、

立川が一緒だ。

私は勝ち組だ。

えっへん。

「風薇は?」

「ふふ~ん」

ない胸を張る風薇。

「文化祭実行委員だ!」

「おー、それっぽい」

「去年のな!?文化祭のな!?空気に中てられてな!?」

「”中てられた”のかよ」

風薇はそういうイベントが好きなタイプみたいで、

去年の文化祭では、私も無理やり付き合わされて、一緒に回った。

彼女自身はすごい楽しそうだったから、まあ、いい。

「実行委員になっちゃったら、回れないんじゃないの?」

「まーそうだけど、私は裏方役とか結構好きなんだ」

「へー」

意外というほどでもないけど、

行動力に驚く。

「でも、文化祭まで結構暇じゃない?」

うちの文化祭は11月だ。

「ノンノンノン」

人差し指を振る風薇。

ややむかつく。

「文化祭っていうのはな、一大イベントなんだよ。数か月かけて準備するもんなんだ」

「へー、がんばれー」

「とりあえず明日から、いきなり企画会議らしい」

「明日?」

「うん、明日」

「実行委員は大変ですなあ」

「いや、図書委員もあるだろ」

「え」

「うちのクラスでは、朝に言われたぞ。放課後は委員会の顔合わせ。」

「知らなかった」

「いや、黒板に書いてあんぞ」

風薇が私の後方を指差す。

振り返る。

書いてあった。

「モカが聞いてなかっただけじゃないか?」

「そんな、こと、ない、よ」

「歯切れ悪いな。うちのじいちゃんが使ってる斧かよ」

知らないよ、そんな斧。

というか、そんなことはどうでもいい。

明日が委員会。

ということは、

ということは、だ。

立川と、

立川と!

立川と!!

立川と!!!

立川と!!!!

合法的にお話しできたりするのかな!?

嘘!?

嘘!?

嘘!?

やばい、なんか変な汗かいてきた!!

「どうした、挙動不審だぞ、モカ」

「もかいまやばいかも」

「回文っぽいけど、回文じゃないな」

「明日、私は死んでしまうかもしれないもか」

「語尾どうした」

「知らないもか!」

「まあ、理由は知らんが、悩みがあるなら聞くぞ?」

キーンコーン。

カーンコーン。

予鈴。

我に返った。

「じゃあ、私帰るわ」

「ええ!?」

「いや、授業あるし」

「あ、そっか」

「相談は明日乗ってやろう」

風薇は自分のクラスに帰っていった。

動かしていた椅子を戻して、

何気なくドアの方に目をやると、

立川が入ってきた。

なんか、

なんか、

なんだこれ、

まともに顔が見れない。

明日のことを想像して、

嬉しさとか、

緊張とか、

不安とか、

やっぱり嬉しさとか、

色々、

色々がぐちゃぐちゃになってる。

1日後の私は、立川とどうなっているんだろう。



#100日後に散る百合

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