100日後に散る百合 - 50日目
教室の窓から、落ちゆく水滴の群れを見る。
お昼を過ぎたあたりで一層強くなった雨脚は、まだ止むことを知らない。
とはいえ、日没前には多少なりともマシになるらしく、今から家に帰るより学校にいた方が賢明だということで、
今日の勉強会は、教室で執り行われる運びとなった。
「♪ あめあめ ふれふれ 母さんが~」
懐かしいな。
「♪ お庭で 爆発 うれしいな~」
不穏すぎる。
「♪ ビッチビッチ たぷたぷ あんあんあん♡」
何の歌だよ。
「栄奈ちゃん、何それwwwww」
咲季は爆笑している。今回ばかりは品がないぞ。
「えっ!?知らない?ウチの小学校みんなこれ歌ってたよ」
やばいだろ。
「わたしも知らないのですよ」
「嘘!?つくしも!?」
「アタシも知らない」
「静も!?」
”ローカル”に取り残された有羽栄奈は、最後の望みの私に詰め寄る。
「か、金子っちは?」
「いや、知らないかな…………」
「マジかあああ」
「だいたい、そんなの高校生にもなって歌うなよ」
「なんか思い出しちゃったんだよう!」
有羽栄奈は、活気あふれる少女だ。色んな物事に積極的に取り組む性格のようで、うちクラスのの学級委員だし、文化祭実行委員会でもある。教師陣からの評判も良く、所属するバドミントン部でも好成績を収めているそうだ。運動好きが共通項となったのか、しょっちゅう咲季と話している。
「思い出しても歌うなよ」
こっちのいかにもバンドマンな彼女は、雁間静。もちろん軽音部に所属しているし、言うまでもなくヘッドホンを首にかけ、さも当然のように「ふーん、ロックじゃん」を口癖にしている。咲季の談によれば、大食漢らしい。ロックだな。
「あ、咲季さん。先日はプレゼントありがとうございましたなのです」
「どういたしまして。ごめんね、遅くなっちゃって」
「いえいえ、嬉しかったのです」
こっちは、詁山つくし。小さくて可愛い。眼帯を付けているが、ちゃんと医療目的。咲季とは、一斗リリのファンという共通項がある。
なぜこの3人がここにいるかというと、教室だからだ。当たり前だ。
教室にいれば誰かしら咲季の元に群がる。
放課後になり、私たちがさあ勉強会しましょうかと準備していたら、帰らんとしていたこの人たちが来たのだ。
ここからは分かりにくくなりそうなので、名前を付けておこう。
有羽「いやだ、なんかウチだけ取り残されたみたいでいやだ!ローカルの地に置いていかないで!!」
咲季「栄奈ちゃんが勝手に出て行っただけじゃないの?」
咲季は楽しそうだ。
有羽「じゃあ、ほら、あれは?みんなやったんじゃないかな~?」
詁山「何なのです?」
有羽「恋のおまじないみたいなやつ。えーとね、ノートの初めのページと終わりのページにそれぞれの名前を書いて、一日ずつ間のページを破っていって、名前を書いたページが重なったら、そのまま紙飛行機を折って、大安の日の前日の23時59分59秒に飛ばして、落ちた地点にワイングラスを置いて、でね、中になんか色々入れるんだよ。もうこの後忘れちゃったけど、最後に『アド街を見た』って書くやつ!」
全員がぽかんとする中、私だけ反応したのがバレた。
有羽「え、もしかして金子っち知ってる?」
また詰め寄られる。
萌花「う、うん、まあ……」
有羽「おおすごい!!これでウチもローカルの地から抜け出すことが出来たよ!!」
いやこれは絶対ローカルだろ。
有羽「やった?やった?やったよね?金子っちもやったよね?『アド街を見た』って書いたよね?」
萌花「いや、やってないけど」
有羽「えー!?嘘!?」
詁山「栄奈さん、詳しい内容は知らないですけど、それはきっと誰かのデマなのです」
雁間「そうだぞ。なんでアド街見て恋が成就するんだよ」
すると、咲季が思い出したように、
咲季「あ、でも私の地元にもあったよ、たぶんローカルな恋のおまじない」
有羽「なになに!?」
咲季「こう釜の中にね、熱湯を入れて、そこに手を入れて火傷しなかったら成就するっていう」
それ盟神探湯だろ。
詁山「えっ!?大丈夫なのですか、それ」
有羽「絶対火傷しちゃうじゃん、そんなの」
雁間「ふーん、ロックじゃん」
出た、ロックじゃん。
咲季「あとは、その窯で赤飯を炊くとか」
雁間「ふーん、コックじゃん」
え、派生形あるの!?
咲季「だけど、入れるのは小豆じゃないの。血なの。血で染まった赤飯を食べると成就するって言う」
有羽「ええ、怖っ」
雁間「ふーん、ロックじゃん」
やっぱロックなんかい。
詁山「血といえば、わたしも思い出したのです」
有羽「どんなの?」
詁山「自分の血液と、相手の血液を混ぜて、氷だけ入れて飲むという……」
雁間「ふーん、ロックじゃん」
飲み方がね!?
有羽「あ、そういえば私のお兄ちゃん、野球やってたんだけどさ、自分の血のついたボールを、バットで相手のいる方向へ飛ばすっていう」
雁間「ふーん、ノックじゃん」
だろうね!?
有羽「しかも、54回」
雁間「ふーん、ロックじゃん」
萌花「…………あ、6×9ね!?」
雁間「お、正解」
やべ、声に出てた。
雁間「正解した金子さんには、アタシが愛用しているピックをあげよう」
え、要らな。
咲季「えー!?いいな!!」
何で欲しいの。後であげるよ。
有羽「あ、ねえねえ、金子っち、LINE交換しよ」
雁間「あ、アタシもする」
詁山「わたしもするのです!!」
なんだ突然。
萌花「え、いや、あの」
ふと咲季の方を見ると、意味ありげな視線だった。「友達増やしとけ、このコミュ障」ということか。
で、まあそんなこんなで、その後3人は仲良く塾に行った。
私は机に伏せる。
「疲れた」
「今度、あの3人含めて遊ぶ?」
「え…………ちょっと、考えさせて」
「あはは。いいよ、無理しなくて」
「ていうか、せっかく遊べる時があるなら、その、2人の方がいい」
「デートってこと?」
「う、うん」
「あー、テスト終わったら、どっか行こっか」
「え、いいの!?」
「いいよ、デートしようよ」
雨はまだ強くて、空も暗い。
2人だけになった教室。
さあ、勉強会を始めましょう。
「あ、やばい!!」
咲季が突然、声をあげる。
「びっくりした、何?」
「私、今日、歯医者だった!!」
ふーん、ショックじゃん。