100日後に散る百合 - 43日目
「そしたら栄奈ちゃんがね、『眉間にシワ寄せ』って言ってて~www、いやそれ『暖簾に腕押し』な!ってなってwwwwwwwwただそれ眉間にシワ寄せてるだけじゃんって言ってwwwwwwwwwww」
「ははは」
水曜日の昼休み。
教室棟と特別棟の間の秘密空間に、上品さを損なわない笑い声が響く。
咲季はめちゃくそ笑っているが、そんなに面白いんだろうか、この話は。
あと”シワ寄せ”って言っちゃうと、眉間さんが仕事の責任を押し付けられているように聞こえる。
「目尻さんと小鼻さんと口元さんが仕事しなかったせいで。可哀想に」
「誰?何の話?」
「ああ、ううん、何でもない」
会話の最中に関係ないことを考える癖をやめたい。
「有羽さんって、なんというか天然系なんだね。もっとしっかりしてる人かと思った」
「まあ確かに、栄奈は見た目優等生だからなあ」
「なに、中身不良なの?」
「んー、結構遊んでるって言ってたよ」
「男遊び的な?」
「いや、あつ森を授業中にやってる」
「娯楽(あそ)んでんなァ!」
それは不良だわ。有羽栄奈やべえな。
「あー、ね、萌花」
ふいに、咲季が落ち着いた声になる
私もそれを察して、座っている石段に居直す。少し冷たい。
「な、なに?」
「私が、その、友達と仲良くしてたら、嫉妬とか…………する?」
「するよ」
「え、即答」
「咲季が誰かと仲良くしてるの見ると、s***!! って思う」
多分、咲季にはこのスラングが伝わっていない。
「私、咲季のこと誰にも獲られたくないもん」
「そ、そっか」
咲季は若干引いている。眉間にシワ寄せだ。
きっと「あちゃー、こいつ重い女だ」とか思っていることだろう。
まあ、別にそういう解釈で構わない。隠していてもいずれは露見してしまうことだ。
…………お、これは声に出すと面白そう。
「かねこもえかともうしますおもいとおもわれてもいいというのももうおもいのもおいおいおもてにもれるとおもうし(金子萌花と申します。重いと思われてもいい。というのも、もう重いのもおいおい表に漏れると思うし)」
咲季は「おもしろい」と返した。伝わったみたい。
「おいももおいしいとおもう(お芋も美味しいと思う)」
私の作って来た煮っころがしを食べながら、言う。
「それは昨日の夕飯の余りだから、味は染みてると思うよ」
とはいっても、そろそろ煮物を弁当に入れるのも気を付けなければいけない時期だな。
「咲季って、漬物食べられる?」
「んー、別に食べれないわけじゃないけど」
「そっか。漬物は傷みにくいから、夏場は重宝するもんで」
「そうなんだ」
咲季は何かに気付いたように、
「ごめん、私、お弁当のこと結構甘く見てた。あー、そうだよね、毎日作るのさえ大変だよね。献立も、そうか、季節で考えなきゃいけないんだ。大丈夫?私の分まで作ってて負担にならない?」
心配してくれてるらしい。
「大丈夫だよ。一人分増えたところで、そんなに負担にはならないよ」
「本当?」
「うん」
「あー、でも、気を遣わなくていいからね!?私、同じおかず続いても文句言わないし、嫌いなものも食べるし、ていうか、萌花の作ったのだったら全部美味しいから!」
「ありがと。焼きうどん弁当になっても大丈夫?タッパーに焼きうどん詰めただけだけど」
「全然いい!」
「わかった」
咲季は気付けば完食していて、膝の上の弁当箱に蓋をする。
「ごちそうさま。美味しかった~!」
「お粗末様」
ミニトマトを口に含みながら返す。私はまだ食べ終えていない。
咲季は、おもむろに財布を出して500円玉を取り出すと、私の横に置いた。
「なにこれ」
「500円」
「それは知ってるよ」
「お弁当代」
「え、なんで!?」
「いや、だって、タダで作ってきてもらうわけにいかないじゃん!私はこの分食費が浮いてるんだから、当然だよ」
「えー、いや、え~?」
「受け取らない選択肢はないよ?」
「いや、でもなんか。そもそも500円もかかってないし」
「そこは萌花の人件費とか」
「いや、本当にいいって。一人分多く作って困窮するほどうちの家庭も困ってない」
「でもそれ萌花の稼いだお金じゃないでしょう?」
「咲季の500円だって違うでしょう」
「あ、確かに」
「気持ちは嬉しいけど。現金をもらうのは違うって」
「えー、じゃあ、なんか、なんかしたい」
「別にいいのに」
「だーめ、私の気が済まない」
咲季は結構、意地っ張りなところがある。最近分かった。
自ら引いてくれることは少ないので、ここはさっさと済ませた方がよさそう。
「ほら、萌花、なんか欲しいものある?してほしいことでもいいよ」
「じゃあ、飲み物奢って」
「お弁当に見合って無くない?ていうか、さっき萌花お茶買ってたじゃん」
「あ、そうだった」
忘れてた。綾鷹を買ったのだった。
じゃあ、あとなんだ。
欲しいものも特に無いし。
してほしいこと?
んー。
んー。
……………………あ。
「あ、今、なにか閃いた顔してた!なになに!?なんでもいいよ?」
「いや、別になんでもないって!!閃いてない!!」
嘘です。閃きました。
でも、こんなの言えるわけない。
「本当?」
「う、うんうんうん閃いてない」
「萌花、嘘はダメだよ。決めたでしょ、二人で」
そのルール、ここで適用されんの!?
「ほーら、萌花。何でもいいよ?全部咲季ちゃんが叶えてあげる」
「……………」
無敵の笑顔をこちらに向けている。
ただ単に私の望みを楽しみにしてるようにも見えるが、早く言えという圧も感じる。
これは逃れられないか。
「……………………てほしぃ」
「え、なんて?」
「き、聞こえたでしょ?」
「聞こえてないよ。読者さんにすら伝わってないよ」
「うぅ…………」
「ほら、頑張って」
「………………………なー!!だから!!頭撫でてほしいの!!」
うわー言っちゃった!!
恥ずかしい!!
絶対顔赤い。背中に汗もかいている。
「ふーん。そっかあ、頭撫でてほしいんだ」
咲季が意地悪な笑みを浮かべる。たまにやるよなあ、これ。
のろのろと私の真横に顔を寄せてくる。
そして、私の耳に
「可愛いね」
と囁きぃ!?
ぞくぞくぞくっと、背骨のあたりがむず痒くなる。
あぅぅぅ。まただ。咲季に囁かれるとこうなってしまう。
火照っていた身体が余計に熱くなっている。
「じゃあ、撫でるよ?」
何事もなかったかのように体勢を戻した咲季は、私の頭を優しく手で押さえる。
ガンガンに上がった心拍数は徐々に落ち着いていく。
彼女の手の動きに合わせて、得も言われぬ温かい気持ちが増幅していく。
これは、なんだろう。
充足感?愉悦感?安心感?幸福感?
「美味しいお弁当作ってきてくれて、ありがとう。大好きな彼女の手料理が食べられるなんて、私はすごく幸せ」
「…………わ、私も、幸せ」
うわ、恥ずかしいいいいいいいい。
恥ずかしいが、頭を撫でられているせいか、もうなんかどうでもよくなってしまうのは何故だろう。
「そういえば」
ふいに咲季の手が止まる。もっと撫でてほしいのに。
「最近、キッサ見てないね」
キッサというのは、咲季が学校で餌付けしていた猫だ。
「ここに来ること自体、減っちゃったからなあ。また撫でてやりたいなあ」
そう言って、また私へのナデナデが再開される。キッサの代わりに撫でられているようで、少々不服。
でも、顔が自然と緩んでしまう。
「あー、あの、さっきの、咲季を獲られたら嫌だって話だけど」
撫でられながら、咲季に話しかける。
「うん」
「今は、その、大丈夫だから。いや、嫉妬はしちゃうと思うんだけどね。咲季にはずっと私のこと見ててほしいっていうか…………」
「じゃあ教室で他の子に構った分、萌花のこと見ててあげる」
「えっ」
じー。
じー。
じー。
いや、恥ずいって!
「あー、目逸らしたら合わせらんないじゃん!」
「別に見つめなくたっていいじゃん!」
「三つ目で見つめる」
「2つしかないでしょ!」
などと騒いでいると、
「にゃー」
後方から声がする。
「あ、キッサ」
咲季の指差す方を見ると、彼がいた。
「久しぶりだねー、元気だった〜?会いたかったよ」
するりと私から離れてしまう私の彼女。
あれ、私を見てくれるんじゃなかったんですかー?
まったく、もう。咲季のばか。私よりキッサが大事なんだ。
いいもん、とりあえずお弁当を食べちゃうもん。
と、箸を手に取った時、遠くで人の声がすることに気付いた。
「あ、誰か来るかも」
声の主は、確実にこちらに近づいて来ている。
あれ?
これって、もしかして。
「にゃんこは此処か〜?」
狭いこの空間の入り口に、大きくはない人影がひとつ。
やっぱり、監物風薇だった。
咲季も気付いたようで、顔を上げてその主を確認する。
風薇は、私たちに気付くと
「げ」
と、明からさまに気まずさを表現して、すぐに踵を返し走り出した。
「ちょっ、風薇!!」
立ち上がって追いかけようとしたが、膝に弁当を置いていたことを思い出し、その勢いを鎮める。
弁当箱をどけながら、今、私は風薇を追いかけるべきなのか悩み、
そして、やめた。
「…………えと、知り合い?」
「友達。1年の時同じクラスだった」
「ふーん。可愛い子だったね」
それが単純な感想なのか、ヤキモチアピールなのか分からなくて、
「そだね」
曖昧な返事をしておいた。多分、最適解ではない。
ただ実際、風薇は小動物みたいで可愛い。
「あ、そうだ。今の子が、私が咲季のことを相談してた相手」
咲季と私の関係は、学校では隠すことにしたが、風薇には既に片思い時代に相談しているので言い逃れできない。
「あー、じゃあ、あの子は私たちが付き合ってること知ってるんだ」
「いや、それはまだ言ってない」
「相談したんでしょ?報告しないの?」
咲季はきょとんとしている。
「んー、ちょっと今、疎遠気味なんだ」
「どうして?」
「…………よく分かんない」
「また萌花がなんか言ったんじゃないの?」
私が人の気持ちを思い遣れないことは、咲季も十分理解している。
「仲直りした方がいいんじゃない?」
「別に、喧嘩したわけじゃ」
「喧嘩しなくても、思いがすれ違うことはあるでしょ?」
「そうだけど…………」
咲季がようやく私の隣に戻ってきた。
キッサは、辛うじて日の当たる場所で小さく丸くなっている。お昼寝するのかな。
私もそうやって、自由気ままに生きたい。
そう思って、
さっき買った綾鷹に口をつけると、少し薄かった。
振るの忘れたから、上澄みしか飲めてなかった。