100日後に散る百合 - 14日目
来ない。
立川が来ない。
土日を挟んだとはいえ、
もう学校を休んで5日目だ。
大丈夫かな。
転校してきたから、環境の変化に馴染めずにいるのかな?
分かるよ。
分かるよ、立川。
辛いよね、そういうときって。
私もそういうのが得意じゃない。
できれば、同じ環境にずっといたい。
でも、それが叶わない場面っていうのは、
意外と多いんだ。
ん?
それか、
もしかして、
木曜日に私と別れたあと、
事故に遭っちゃったとか!?
だとしたら、どうしよう!?!?
私のせいだ!!!
私のせいで立川が!!!!!
いや、待て。
落ち着け。
落ち着かない。
授業中、ずっと立川のことが気がかりでしょうがない。
今日は3限に体育があって、バレーボールをやった。
何回も顔にボールが当たった。
元々、運動ができる方でもないけどね。
これじゃあ、どうせ4限も集中できずに終わるなと思い、
体育館から直接、保健室に行った。
別に友達でも何でもない私にも優しく接してくれる心の広き委員長に、その旨を伝えておいた。
保健室のベッドは、結構かたい。
あまり寝るのに気持ちのいいものでもない。
まだ顔がひりひりするな。
ギャル子のサーブを顔面で受けてしまった。
あれは確実にギャル子が狙っていたと思う。
あの野郎。
「久しぶりね、金子さん」
聞き覚えのある声がする。
「すみません、先生いなかったから、勝手にベッド借りちゃいました」
「まあ、いいわよ」
ウインクをしてくる。
この人は、河瀬先生。
うちの養護教諭、いわゆる保健室の先生だ。
どことなくエロい。
まだ独身で、「モテはするが、続かない」とのこと。
私がなぜ、
この人のことを知っているかというと、
1年の時にお世話になったからだ。
当時の私も、まさか保健室通いになるとは思ってなかったけど、
でも教室にいるより、ちょっと楽だった。
別にクラスでいじめられたとか、
そういうんじゃないけど、
先生が私に気付いてくれたから、甘えた。
朝早めにここに来て、
先生と話して、
そのあと教室に行っていた。
風薇たちと仲良くなるまでは、ここでお昼を食べていた。
「2年になったら、もう来ないでね」
と、言われた時はびっくりしたけど、
逆にそれが、私の後押しになったと思う。
だいたいここには2か月くらい通って、
それ以降、寄らなくなった場所なんだ。
「今日はどうして? 先生が恋しくなっちゃった?」
「体育で顔にボールが当たっただけです」
「顔真っ赤にしながら言っても、説得力ないわよ」
「顔が赤いのは、ボールが当たったからです」
「え~、金子さん、ちょっと冷たくなった?」
「そうですか?」
「昔はもっと、『先生ぇ~、先生ぇ~、私、先生がいないとダメなんですぅ~』って言ってたのに」
「どこの世界線の話ですか」
「ところで、お友達はできた?」
「うっ…………」
何故それを聞く。
「できてると思いますか」
「あれ、できてないの?この前、そこで女の子と話してたじゃない」
窓から見える外を指さす先生。
特別棟が見える。
「それは風薇じゃないですか―――あっ、友達、いました」
「いや、忘れられてるお友達、可哀想よ」
先生が差していたのは、教室棟と特別棟の間。
木曜日、私と立川が話していたところだ。
てっきり、どこからも見えない場所だと思ってたけど、
保健室からだとちょっと見える。
「え、ていうか、先生、見てたんですか!?私たちのこと!?」
「髪の長い、すらっとした子でしょ? あの子、綺麗よね。今度先生にも紹介して?」
「嫌ですよ」
この人は何するか分からない。
「で、あの子と萌花ちゃんはなにをしていたのかな~?」
近い近い。
「このくらいまで近づいてたよね、2人の顔が」
近い近い。
「もしかして」
「違います! 私と立川はそういうんじゃないです!」
言ってて少しモヤモヤした。
すると先生は、
「え!?立川さん!?立川咲季さんのこと!?」
「はい、そうですけど、知ってるんですか?」
「だって、いや、あの」
「何ですか? あ、そうだ、先生、立川が最近学校に来てないんです!もしかして、学校辛くなっちゃったのかなって思って…………。私、なんとかしてあげたいんですけど、どうしたらいいですか!?連絡先も知らないんですけど!?」
「金子さん、落ち着いて」
「あ、はい。…………すみません」
「えっとー、立川さんは大丈夫よ。今、入院してるだけだから」
「入院!?大丈夫じゃないじゃないですか!?」
「いや、大丈夫。事故にあったけど、全然、命に別状とかはないから。軽い怪我よ」
「事故……………………」
「大丈夫だから。ね? 先生を信じて」
4限終了と同時に、
私は保健室を出て、職員室に向かった。
職員室に入るのって緊張する。
何か悪いことをしたわけでもないのに。
でも。
行かなきゃ。
ガラガラ。
「し、失礼しまーす」
すごい小声になってしまって、一番手間にいた先生にも気づかれていないような気がする。
とりあえず「失礼します」をぼそぼそ言いながら、
うちのクラスの担任の席まで向かう。
「あの、先生」
お昼を食べていた担任が、こちらを向く。
「おお、金子、どうした」
声がでかいな。
「ええと、あの、差し支えなければでいいんですけど、立川さんってなんでお休みしてるんですか」
理由は、もちろん知っている。事故にあって入院してるからだ。
でも、河瀬先生も詳しいことは知らないようなので、
担任に聞くことにしたのだ。
ただ、ずけずけと入り込んでいい領域ではない。
ラインを見定める。
「あー、どうして?」
”どうして?”と来たか。
まあ、妥当か。
「私と立川さん、図書委員なんですけど、シフトもいずれ回ってくるので、せめてそれまでに立川さんが、学校に来れるのかが気になって…………」
うん。嘘はついてない。
むしろ、図書委員のことも普通に心配なんだ。
私一人で初仕事ができるわけない。
「ああ、そういうことか」
お、来たな。これは。
「いや、実はな、立川は事故に遭ってしまってな、今は入院してるんだ」
ここまでは聞いた話だ。
「まー、そんなに大きな怪我でもないから数日で退院できるんだけども、ちょっと頭を打ったらしくてな、大事を見て今週いっぱいは入院するそうだ」
待って、待って、頭を打った!?!?!?
なんで!?
いつ!?
私と別れた後!?
私のせいかな!?
「え、あの、それって、大丈夫なんですか!?」
「まあ、大丈夫らしい」
なんでそんなに他人事なんだ!!!
怖い。
嫌だよ。
「立川は!?立川は、本当に退院できるんですよね!?」
「落ち着け、金子。あくまで様子を見てるだけだ。命にも別状はないし、意識も記憶もちゃんとあるって、ご家族が言っていた」
担任が、少しうつむいた私の顔を覗き込んで、
無理やり目を合わせようとしていた。
安心させたかったのか、
私の肩に手を置こうとしていたみたいだけど、
昨今は生徒に触れるだけでも問題になりかねない。
担任は、気まずそうに手を下ろしていた。
大丈夫だよ、落ち着いたから。
「というか、あれだな。お前たちってそんなに仲良かったんだな」
「……………………まあ」
素直に「はい」と言えないのが悔しかった。
「ああ、そうだ。金子、お見舞い行ってやってくれよ」
「へ?」
私が?
「いや、本当はな、俺もお見舞い行くべきなんだけどさ、新学期で忙しいんだ。部活の方も大会が近くてな」
いや、それは行けよ。
担当生徒が入院してんだぞ。
「で、これを渡してほしいんだ」
渡されたのはプリントだった。
今朝、配られたやつだ。
「…………」
「あ、あれだぞ?金子も都合が悪いなら無理して行く必要はない。いや、仲良いみたいだから、お前も、お見舞い行きたいかなと思ってな」
お見舞いか。
立川、なんていうかな。
「立川は全然元気みたいだけど、それでも、友達が会いに来てくれたら、きっと嬉しいだろ?」
「…………!!」
「どうだ?行ってくれるか?」
「はい…………あ、ただ今日は予定があるので、明日行きます」
「そうか、ありがとな」
今日は、どうしても家に直帰しないといけない。
それでも、今のうちに担任に病院の住所とかを教えてもらった。
職員室から出た私は、得も言われぬ疲労感に包まれていた。
お腹空いたな。
そういえば、風薇に連絡もせず職員室に行ってしまった。
悪いことしたな。
教室に戻ると、案の定、風薇の姿はなかった。
自分のクラスにいるんだろう。
メッセージだけ送っておく。
『ごめん、職員室行ってた』
『まったく、私がモカのクラスまで行った労力を考えろ』
『今度何か作ってあげるから、許してよ』
『からしレンコン』
渋いって。