100日後に散る百合 - 7日目
お弁当のおかずを交換するシチュエーションに憧れている。
私が、ではない。
目の前にいる、監物風薇が、だ。
そういうシーンは、
フィクションの世界でしか見たことがない。
第一、人のお弁当にそこまで興味がない。
それがよほど美味しそうなら、
「美味しそうだね」
とか、言うことはあるかもしれないけど、
だからと言って、
食べたい訳じゃない。
今日から授業も本格的に始まり、
昼を跨いで、きっちり6限まである。
教師は、
「もう受験は始まってるんだ」
などと、言っているが、
正直、2年生の最初でそこまで意識している人は、
ほとんどいないだろう。
少なくとも、この学校は。
私は、お勉強自体は嫌いじゃないのだ。
ただ、授業が面倒。
面白い先生ならいい。
1年の時の、現国は面白かった。
今年の古文と英語も当たりな気がする。
新しい知識を得るとか、
出来なかったことが出来るようになるとか、
そういう体験は好きだけど、
その与えられ方を間違えると、
一気に興ざめしてしまう。
しかし、学校の授業というのは、
生徒を放って一方的に教えるわけにもいかないのだ。
教師は、何らかの尺度を以て、生徒を評価しなければならない。
変に目を付けられない程度には、まじめに授業を受けた。
4限が終わって、昼休みである。
肩が凝った。
お腹が空いた。
さて、
どうしよう。
あまり考えていなかったが、
いや、正確には登校中に少し考えていたが、
私には、昼休みを共に過ごす相手がいない。
1年の頃になんとなく一緒だった人たちとは
クラスがばらばらだ。
2年に上がった私は、
立川のことで頭がいっぱいで、
他のクラスメイトのことなど眼中になかった。
今更気づいたのだ。
友達がいない。
別に、昼ご飯は一人でも食べられる。
美味しいものは美味しい。
しかし、まあ、
周りの視線というのが、
気になってしまうお年頃。
私も思春期なんだ。
特にギャル子とかが言いそうだ。
「うわ、金子さん、一人で飯食ってるかわいそう~www」
うるせー。うるせーばーか。
エクレア食べるの失敗しろ。
とはいえ、一人になれる場所も知らない。
場所を探すために、弁当を持って彷徨っている方が、
なんだか可哀想だ。
仕方ない、一人で食べるか。
「どうして誘って来ないのさ」
私の前に、仁王立ちの少女がいた。
私より小柄で、
けれど態度が大きくて、
1年の頃の友達。
…………友達か?
友達だ。
入学当初に席が近かった。
それで、仲良くなった。
2年生になって、クラスは別々になったけれど、
もしかして、会いに来てくれたのかな?
ありがとう、監物風薇。
あなたは、救世主だ。
これで私も、一般JKとして、
つつがない昼休みを過ごすことが出来る。
「風薇が来てくれるって、信じてたよ」
嘘だ。
「本当か~?」
「本当だよ」
嘘だ。
「いや、モカのことだ。どうせ『風薇はもう私のことなんかどうでもよくなって、新しいクラスで友達作っているんだろう』とか思ってただろ」
「そんな、思ってないよ」
嘘だ。
監物風薇は洞察力に優れている。
人の言動、仕草をよく見ていて、
相手が今、何を考えているか、
相手が今、何をしようとしてるか、
そういうものを読み取って、
人を気遣ったり、
あるいは自衛したりするのに長けている。
1年見ていれば分かるぐらいに。
こういう人が、世渡りが上手なんだろう。
「今日、あれだろ」と、
生理の日をピンポイントで指摘してくるのは止めてほしいが、
尊敬している部分ではある。
「なんだ、ずっとこっち見て」
「いや、別に」
「私のこと考えてたか?」
左で結ったサイドテールが、彼女の咀嚼に合わせて揺れている。
今日のランチはコンビニ弁当らしい。
海苔弁当。
JKに似つかわしくない良いチョイスだと思うよ。
「モカの弁当は、今日もうまそうだな~」
彼女は私のことを〈モカ〉と呼んでくる。
私は〈もえか〉だ。
〈モカ〉は、私には似合わない気がするからやめてほしいんだけど、
聞く耳を持ってくれない。
不公平だ。
私は〈風薇〉と呼んであげているのに。
こいつは〈監物さん〉って呼ぶと、すごい勢いでキレる。
苗字がごつすぎて嫌いらしい。
まあ、なんとなく分かる。
〈ケンモツ〉と〈ふうら〉はかなりアンバランスな響きだと思う。
とはいえ、こいつが〈ふうら〉というのも、
些か、釈然としないところはあるけど。
「今、失礼なこと考えてるか?」
「考えてないよ」
嘘だ。
「その卵焼き、恵んでくれよ」
「なんで?」
「うまそうだから」
「嫌だ」
「なぜゆえに」
「対価なしには譲れないし、その海苔弁当には対価に見合うものがないから」
初めてのやり取りではなく、幾度か交わした会話だ。
風薇は、お弁当のおかずを交換するシチュエーションに憧れている。
「たーべーたーいー!モカの作った卵焼きたーべーたーいー!」
「うるさい」
なんで私が、こいつの世話まで焼かなければいけないんだ。
焼くのは、卵だけで十分だ。
「この前、レシピ教えたでしょ、自分で作りなよ」
「そうじゃないんだよ~!」
まあ、今日の卵焼きはちょっと違うレシピだけど。
私は、自分のお弁当は、自分で作っている。
あとは、家族の弁当もついでに作ったりする。
「大変じゃねーの?」と風薇に聞かれたこともあるが、
私が好きでやっていることだし、
実際、面倒な時は、購買とかコンビニだって使う。
「友達できたか?」
なんで、そういうことを聞いてくるんだ。
「いたら、風薇とお昼食べてないでしょ」
「ふむ、そうか」
「風薇こそ、私のところに来たってことは、新しいクラスで友達いないんでしょ」
「いや、いるが」
「は?なんで」
「いや、普通に」
「普通に?普通にってなに?」
「なんで怒ってるんだよ」
「怒ってない」
「まー、モカは下手だからな、人付き合い」
「うっ」
言い返せない。
言い返すつもりもない。
「私がいなかったら、1年の時も、ぼっちだったかもな~」
風薇は、いいやつだ。
私といて楽しいのか分からないけれど、
友達ができたのに、わざわざ私に会いに来てくれるんだ。
……………………なんでだろう。
放っておくと、もう私のところには来てくれないかもしれないな。
「風薇」
「なにかね」
「はい、あげる」
卵焼きを、箸でつまんで差し出す。
これは、餌付けだ。
風薇が、他のところに行かないように。
焼くのは、卵だけで十分なんだ。
「おひょ!?いいのか?」
「うん」
「あ~ん♡」
恥ずかしげもなく、
ぱくっと。
可愛らしい八重歯が見えた。
風薇は、小さい口をもそもそと動かしている。
「…………どう?」
正直、あれだけ期待されて(理由は知らない)、
口に合わなかったらどうしようかと思った。
「おい、うめえよ」
「そりゃどうも」
「おら、こんなうめえ卵焼き食ったことねえぞ」
「キャラどうした」
「いい嫁になるよ、あんた」
望みは薄い。
私は誰かに好かれるだろうか。
まあ、これで暫く、
風薇は、ここに来てくれそうだ。