100日後に散る百合 - 31日目
昨晩、
いずみさんに、日曜日のデートのことを話した。
自分の恋沙汰を人に話すなんて、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど、
なぜか、いずみさんには自然と話せてしまった。
「それで、返事は?」
「まだです」
咲季からの返事は、未だ無かった。
そもそも、咲季と話す機会がない。
とはいえ、LINEが来るでもない。
「萌花ちゃんが逃げてるんじゃないの?」
「そ、そんなことは…………」
「じゃあ自分から聞けばいいじゃん。この前の返事まだ?って」
「そんなの聞けるわけないじゃないですか!」
「どうして?」
「いや、それは」
言葉に詰まってしまう。
確かに、返事がないならこちらから聞けばいいのだが。
「教えてあげる」
顎を上げるいずみさん。
「萌花ちゃんはね、怖いんだよ」
「怖い?」
「そう。勢いで告白したものの、考えさせてって言われて、やけに自分も冷静になっちゃって、告白したことまで反省して、それでもし振られたりしたら…………って考えてるんだよ」
まあ、そうなのかもしれない。
「でも私は、そんなに振られることを怖がってません」
「そう言い聞かせてるんだよ」
「だとしてもです。私は、自分のわがままで咲季に気持ちを押し付けてしまいました。振られて当然だと思ってます。怖くないです」
「あのさあ、さっきから”押し付けた”って表現使うけど、そんなにネガティブに考えなくていいんじゃない?」
いずみさんは、呆れたように言う。
「いい? 言葉にするっていうのは、とても大事なことなの。考えや感情は、そうやって形にしないと相手に届かないんだよ」
エッセイストみたいなことを言い出す。
「それに好きな気持ちなんてどんどん伝えていいのよ。そりゃマイナス感情を押し付けるのはよくないけど、愛情とか好意とか、そういうものは受け取った側も嬉しいものよ」
「本当ですか?」
実際、咲季には「嬉しかった」と言ってもらえたが、それはあくまでも私への慰めにすぎないと思っている。
言葉は、その形だけでは本物か否かを判断することが出来ない。
「…………本当じゃないのだとしたら」
いずみさんは、ビール缶を傾け、一気に飲み干した。
カンッと、硬い音を立ててそれを置く。
「あなたがご両親から受け取った愛情は、偽物なんでしょうね」
その語気は、少し強いものだった。
「あ、いや…………ごめんなさい」
「それは壌治さんと美陽さんに言って」
知っている。
私が両親から大切に育てられていたことは知っている。
生前のお母さんがしていた家事がどれだけ大変なのかは、自分で経験したから知っている。
お母さんの死後、お父さんは絶対に私の前では泣かないようにしてたことも知っている。私を不安にさせたくなかったそうだ。
偽物なんかじゃない。
もちろん、今はいずみさんにも愛情を向けられている。
それを疑われたら、いい気持ちはしないよな。
「話、戻すけど」
何でもないふうに、いずみさんは言う。
「咲季ちゃんは、きっと別のところで悩んでるのよ」
「例えば?」
「んー、やっぱり女の子同士だから、とか」
「そっかー」
そっかー。
…………。
……………………。
…………………………………………あれ?
「そのー、あのー」
いずみさんはやや言いにくそうに、
「萌花ちゃんって、女の人が好きなの?」
「え、いや」
「違うの?」
あれれ?
「いずみさん、私は見落としてました」
「…………何を?」
「いやー、あの、女の子同士ってこと」
そうだった。
私と咲季は女の子同士なのだ。
「それって、同性の子を好きになったら真っ先に懸念する問題じゃないの?」
「私もそう思います」
「見落としてたじゃん」
「いやもうなんか、女の子云々より、咲季っていう人間として見てたんで」
軽くパニックになってる。
何で今まで気付かなかったんだろう。
いや、気付いてはいたけど、自分の中でそんなに問題だと思ってなかった。
「じゃあ、萌花ちゃんはレズとかそういう訳じゃないのかな。そもそも性別を気にしてなかったってことは」
「そうなんですかね。まあ女の子に恋愛感情抱くのは初めてですけど」
とはいえ、そもそも恋をした経験が多くないので、統計的な信頼は低そうだ。
それに中学の時は料理に夢中で、あんまり人のこととか気にしてなかったし。
それでも記憶の片隅に、小学校の頃の淡い感情はあったはずだ。
「けれど、萌花ちゃんがそういうつもりでも、咲季ちゃんにとっては、女の子から告白されたのは事実だしねえ」
「盲点だった…………」
なんか、今まで、私の存在価値のこととか、付き合う意義とかそういうことを気に病んでいたけど、
もっと初歩的な問題があった。
「じゃあ、私なおさら振られるじゃないですか!?」
「かもね」
否定してほしかった。
「まあ、私は、女の子同士でも別にいいと思うけど。咲季ちゃんがどう思うかだね」
「はあ~~~~~」
うなだれてしまう。
結構、ショッキングな事実が判明してしまった。
「いやでも、分かんないわよ。咲季ちゃんだって、そういうのに肯定的かもしれない。でも世間的なことを考えて、まだ踏ん切りがついてないのかもしれない」
「そうかなあ」
「だからやっぱり聞かなきゃ分かんないって」
「えー。怖い」
「怖いんじゃん」
「ええ、怖いですよ。振られたくないもん」
私と付き合うことに関して、承諾してもらえないのは仕方ないが、
相手が女の子だからとか、レズは気持ち悪いとか、そういう理由で断られてしまうと、なんかちょっと違う気がする。
でもなあ、それは人それぞれだもんなあ。
「うわー、やだ。聞きたくない」
「だめよ。考えとか感情は、心の中でどんどん発酵するんだから」
「発酵するとどうなるんですか」
「美味しく食べられるようになるか、カビが生えて食べられなくなるか」
「紙一重!!」
すると、いずみさんは、紙を一枚取り出し、
筆ペンで書いた言葉を私にプレゼントしてくれた。
昼休みの教室。
水曜日の河瀬先生との一件を気にしているのか、璃玖はランチを共にしてくれなくなってしまった。
まったく、ぼっちの私には居場所がないな。
お弁当も食べ終わってしまい、私はとうとう逃れられないということを自覚してしまった。
昨日、いずみさんに頂いた”言葉”を広げ、読む。
「善は急げ」
エッセイストにしては、大してひねりのない言葉だった。
意図的にひねらなかったのかな。
んー。
達筆だなあ。綺麗。
だが、いつまでもそれを眺めていても、どうしようもない。
これを実行することに意味があるんだ。
ふー。
金子萌花。
得意なこと:料理
苦手なこと:スポーツ、人と話すこと、一歩を踏み出すこと、自分を肯定すること
けれど、もうなんか、昨日いずみさんに言われて吹っ切れた。
お守りの言葉も貰ったし。
「よし」
椅子から立ち上がり、咲季の席へ向かう。
真正面から向かう勇気がなくて、背後から回ることにする。
咲季は、相変わらず休み時間になれば誰かと談笑している。
私に気付く様子はない。
段取りとしては、「委員会のことで話があるんだけど」と話しかけるのが第一。それでクラスメイトから一度遠ざける。
来週の月曜日にまた図書委員のシフトが回ってくるし、不自然な話題ではないだろう。
そこから咲季が何かを察して、自主的に告白のことについて説明してくれてもいいし、
私から、返事はまだかととりあえず問うてみることは可能。
その辺は、咲季の反応次第。
ひとまずは、咲季に話しかけて、2人きりになることだ。
委員会のことで話があるんだけど。
委員会のことで話があるんだけど。
委員会のことで話があるんだけど。
自然にだ。
自然に言うんだぞ。
コミュ障ムーブをかますなよ。
ポケットの中で、いずみさんの言葉を強く握りしめる。
そろそろブレザーも暑くなってきた。衣替えの時期も近い。
「よし」
もう咲季の席はすぐそこで、あとは私が話しかけるだけだ。
私が来たことに誰かが気付いてくれた方が楽なのだが、残念ながらその気配はない。
咲季は、友達と何を話してるんだろう。
気になる。
気になるけど、聞きたくない。
咲季が友達と話してることが、こんなにも嫌だったんだと改めて思う。
というか、前よりもそういう感情が強くなってきた気がする。
醜いな、私は。
じゃあ、いいよ。
やっぱり、私から話に行くしかないんだ。
咲季はこっちを見てくれないのだから。
「えー!? 」
声を出そうとしたタイミングで、咲季の言葉が耳に入る。
私の耳は、咲季の声だけよく拾ってしまうようだ。
もう、そういう身体になっちゃたんだ。
「いや、ないでしょ」
咲季は、
「女同士とかありえないでしょ」
咲季は、けたけた笑っていた。
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