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100日後に散る百合 - 73日目


”ついてない日”というのがある。

何をやっても上手くいかないし、

何もしなくても災難が降りかかったりする。

私は多分、今日がそれで、

お弁当を作ったのに持ってくるの忘れるし、

購買のパンは早々に売り切れているし、

トイレで手洗うときにハンカチを口に咥えてたら落としてびしょびしょになっちゃうし、

日本史の授業中に咲季が寝言を言っていたらしいけど、私も寝ていたから聞いてないし、

まあ、色々とついていない。

が、中でもとりわけついてなかったのが、ギャル子と接する機会が多かったことだ。


つくしちゃんがギャル子にいじめられていると勘違いしたあの事件以降、私とギャル子の間には、言い得ぬ緊張感があった。

そりゃそうだ。つくしちゃんと付き合っている事実を知られたくなかったギャル子は、私に変な勘違いをされた挙句、私はつくしちゃんから本当のことを聞いてしまっているのだ。

あの時は逃げ出してしまったギャル子だけど、教室という空間、しかも席が隣とあらば、お互いを意識しないというのは難しい。

今日の英語の授業は、本当に地獄だった。

机をくっつけて向き合うも、ギャル子の参加態度はいつも以上に消極的だった。

あの事件以降、初めて”会話”というものを交わさなければならない。

本当は、今は、英語で適当な日常会話をするワーク中なのだけど、このままでは今日ばかりか、今後の授業もままならなさそうなので、

「あの、この前は、ごめん…………」

謝った。in Japanese。

ギャル子はまるで聞こえなかった風に、おもむろに髪をいじり始めたが、ほんの少しだけ口を開いた。

「別に」

”別に”ってなんだよ。

気にしてないの?気にしてないのか?気にしてないのね?

もう、あの一件は終わりってことでいいですね?

じゃあ、もう授業モードに入りましょう。

「……………あたしたちのこと聞いた?」

私の方は見ず、つくしちゃんの方を見ていた。

彼女らしくない目だった。

「うん、聞いたけど」

「……あっそ」

それだけ言って、教科書をパラパラと開き始める。

まだ教科書使わないんだけどな…………。

「バラしたら、許さないから」

言って、閉じた。

その時だけ、しっかりと私の目を見ていた。



放課後、私は運動場にいた。体操着を着ている。

2日前にちょうどハードル走のテストがあったのだが、私は欠席していたため受けていない。私が今ここにいるのは、その記録をとるためだ。

「なんで放課後なんですか。明日の授業中じゃダメなんですか」

「明日からまた体育館で授業だから。わざわざグラウンド来て計るの面倒だろ?」

先生に不満を漏らすも、意味はなかった。

うちの学校は野球部もサッカー部もないので、グラウンドでやる部活というのは実は多くない。陸上部はまだアップ中でトラックを使っていないので、その間に計ってしまおうとのこと。

「あれ、鍵屋は?」

「えっ?」

「あいつも今日計るんだけど、どっかで見た?」

いやまじか。ギャル子と一緒にやるのか。

きっつ。きついぞ、これは。

ついてない。

「いや、見てないですけど」

「うーん、じゃあ来るまで私らで準備するか」

先生はそう言って、体育倉庫からハードルを出し始めた。一緒にトラックまで運んで、並べる。

重たい。

まだ夏本番ではないけれど、少し動けば汗ばんでしまう。

「体調は大丈夫?」

「あ、はい」

まあ病み上がりではるので、あまり無理はしないでおこうかな。

ハードルを並べ終わったところで、ギャル子がやって来た。

「鍵屋ー!おせーぞ!」

うちの保体の先生はバスケ部の顧問である。体育教師よろしくガチギレするような人ではないが、普段から男勝りなところがある。言葉遣いも割と乱暴だ。

「すいません……」

ぼそっと謝っていた。

「ジャージ脱げ、走るの邪魔だぞ」

何か言いたげに先生を一瞥するが、渋々ジャージを脱いで腰に巻くギャル子。

「腰に巻くな。邪魔だぞ」

腰から外して、畳んでその場に置いた。

「じゃー、2人で準備体操してて。一応これ授業扱いだから。ちゃんとやれよ」

そう言って、先生は校舎の方へ向かった。何か取ってくるんだろう。

じゃあ、やるか。

まあ、ああ言われたけど、これでも私もJKだ。準備体操を流してやるくらいにはJKだ。

てっきりギャル子は何もしないんじゃないかと思っていたけど、私程度には軽く体を動かしていた。

ギャル子は細身だが、あまり柔らかさを感じる体つきではない。かといって痩せこけているわけでもなく、なんとなく筋肉質というか、長距離の選手ってこんな感じの脚してたよなと思う。

「なに?」

あ、やべ。

見ていたのがバレた。

「あ、ううん、ごめん、なんでもない」

慌てて目を逸らす。

つくづく、こいつがつくしちゃんと付き合っているというのが意外だ。いつから恋仲になったんだろう。そもそもどうやって付き合い始めたんだろうか。

「……………あんたさ、変わった?」

「………ん、えぁ?」

よく分からない質問が来て、変な声が出てしまった。

「前の。あたしになんか言ってきたから」

前の、というのは、つくしちゃんの時の一件だろう。”なんか言ってきた”と評されるのが癪だ。

「いや別に、あんたのこと全然知ってるわけじゃないけど、なんか、雰囲気っていうの? 違和感あっただけ」

まあ、ギャル子とは1年の時もクラスが一緒だったのだが。そんなに分かるものだろうか。

「立川咲季と付き合って、なんか変わった気がしただけ」

「あ、そう…………」

そういえば、昨日風薇にも”変わった”とか言われたな。ギャル子の言うように、咲季と付き合い始めてから……………

……………

…………………………

ん?

あれ、ちょっと待て、ちょっと待て。

「え、嘘、なんで、咲季とのこと知って……!?」

「いや、2人で帰ってんの見たことあるし」

え、なぜ!?

「えと、それはただ一緒に帰ってただけで」

「手繋いでたけど」

「くっ……」

そんなとこ見られてたのか。

まじか。

よりによってこいつに、ギャル子に。

「あんたらがどういうつもりで付き合ってるのか知らないけど、私らのことバラしたら、そっちのもバラすから」

「いや、バラさないから。2人のことは。そもそもつくしちゃんと約束してるし」

「あっそ」

なーにが”あっそ”だ。ムカつく野郎だぜ。

ていうか、なんでこいつは私たちが一緒に帰ってるの見てるんだろう。

「あ、あとさ、うちの前でキスすんのやめてくんない?」

ほへ?

家の前でキス?

ギャル子の家?

いや、私らはそんな人の家の前で堂々とキスをするようなバカップルではない(外で隠れてすることはあるけど)。

あ、でも一回だけしたことがあるな。

記念日の日に、咲季がうちに来て、帰り際にした。

例の、庭の綺麗なお家の前で……………

「窓から見えたんだよね、うちの庭見ながら2人がキスしてんの」

「ひえ~~~~~~!?!?!?!?!?」

「コラァ!!体操終わってんのか、おめーら!!!!」


先生が戻ってきて(ちょっと怒られて)、記録も取り終わった。

まあ私の記録は散々なものだが、こういうのは計ったという事実に意義があるのだ。いくら運動が苦手な私でも、成績が不振になることはない。

ギャル子は珍しく、ちゃんとやっていた。運動神経はいいようで、ハードルを軽々飛び越していて、悔しいが少しかっこいいと思ってしまった。

そういえば、私は休んでいて咲季がハードルを跳んでいる姿をまともに見れてないんだよな。そっちの方が悔しいわ。

「いつから、つくしちゃんと付き合ってるの」

ハードルは陸上部がこの後使うらしいので、私たちはそのまま校舎に向かっていた。

キス現場を見られてたのが恥ずかしすぎるので、ギャル子にもなんか恥ずかしい思いをしてもらいたくて、そんな質問をする。

「なんであんたにそんなこと教えなきゃいけないの」

一蹴されてしまった。まあ、私だって馴れ初めをギャル子に教える義理がない。

「…………私、最近つくしちゃんに仲良くしてもらってるんだけど、その、大丈夫?」

「それ、なんの確認?あたしが嫉妬してないかとかそういうこと?はは、キモいでしょ、それで”大丈夫じゃない”とか言うの」

はあ?嫉妬も立派な愛情表現だろうが。それに多少嫉妬してくれた方が、つくしちゃんも喜ぶと思うけど?

「つくしはそんな子じゃないから」

「…………」

その優しい声の主は、私の知らない鍵屋るななんだろう。

「あたしは、あの”目”と一生向き合っていく。そう誓ったから」

「それは、つくしちゃんの、目の病気のこと?」

つくしちゃんの右目はほぼ失明しているという。左目もじきに悪くなってしまうそうだ。

「社会福祉士っていうのに、なりたくて。あたしに、医者になれる頭はさすがになかったし、そもそもあの目が治る見込みも殆どない。だから、せめて、あの子が生きやすい世の中になってほしい。ていうか、したい」

「あ、ああ…………頑張って」

考えた。でも結局、他愛ない励ましの言葉しか出なかった。空っぽの私に許されるのは、それぐらいのことしかなかった。

鍵屋るながそんなことまで考えていたのは意外なのだが、それゆえに勉強を頑張ってるのかと思うと、合点はいった。

「うわ、ジャージ忘れてきたわ。めんど」

昇降口に着いた時、彼女は急にギャル子に戻った。そして特に私に何も言わず、グラウンドの方へ戻って行ってしまった。

彼女を辱めたくて始めた話なのに、最終的に私がまた自分の惨めさを自覚することとなってしまった。

私は、空っぽだ。

「ついてないな」


「あ、萌花!」

「待っててくれてたの?」

教室に寄ると咲季がいた。手には文庫本。

私には咲季しかいないんだなと、つくづく感じる。

「もうちょっと待ってて、いま着替えてくるから」

そう言って、更衣室に向かった。

のだが、

「えと、なんでついてきたの?」

脱いだ体操服で、慌てて胸を隠す。

「あはは、なんでかな」

ちゃっかり更衣室に入って来た咲季に、笑って誤魔化される。

私は早く咲季の元へ戻ろうと、もう着替え始めていたのに。

嫌な予感しかしない。

「待ちくたびれちゃった。1分でも長く萌花といたくて」

2人きりの更衣室。

下着姿の私。

「んっ、んっ、らぁ、れるぅ、ぁ、ちゅぅ」

やっぱりそういうことだった。

「ね、ねえ、学校じゃだめって言ったじゃん」

「放課後はしてるじゃん」

学校でキスはしないと言っておきながら、まあ放課後はしてしまっている私たちだ。でも、あれはあの空間だから大丈夫なのであって、こんな校舎の中で激しいキスはちょっとますいんじゃ―――

「ぅんん!!ぁあ、さ、ぁ、待っ、ん、られ、んんっ!」

有無を言わさない咲季。

キスどころか身体まで触ってくる。

「ほら、萌花、静かにしないと聞こえちゃうかもよ?」

「いや、まずい、って、ぁ、ん、さすがにぃ、ん!」

大した換気のされてない更衣室は、女の子の汗の臭いと、制汗剤の匂いで充満している。

ついさっきまで運動をしていた私も、しっかり汗はかいてきた。

「あせくさい」

「ぃゃら、嗅がな、んん!ぁ、で、ぅぅ、、舐めちゃぁ、ぇ、、」

臭いを嗅がれる恥ずかしさと、素肌を舐められる不愉快さ。

汚いよ、咲季。

咲季の手も舌も実際気持ちいいけど、ここで声をあげたら、まるで私がそんな汚いことで興奮してるように思われてしまう。

我慢しなきゃ。

それにここは更衣室。絶対バレちゃダメ。

絶対。

「ね、もえか、”これ”はどうしちゃったのかな?汗?」

我慢しなきゃ。

声は出しちゃダメ。

「こんな状況で興奮してんだぁ?」

我慢したい。

声が出せない。

「相変わらず変態なんだね。この淫乱ネコ」

我慢できない。

声を出したい。

「ふふっ、しちゃおっか。もえか?」

今日は、ついてない。



#100日後に散る百合


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