100日後に散る百合 - 63日目
テスト後ということで、席替えがあった。
あわよくば咲季と隣になりたいが、くじ引きなのでそこは運次第だった。
「よろしくお願いしますなのです、萌花ちゃん」
「ああ、うん。よろしく。つくしちゃん」
後ろの席は詁山つくしちゃんだった。LINEを交換してから、なんとなく連絡を取るようにもなり、距離が縮まった感はある。お互いに名前で呼び合っているのがその証拠と言っていいだろう。
「わたしはあまり目が良くないので、板書についてお伺いすることが多々あるかもしれないのです……」
「ああ、うん。大丈夫だよ。いつでも聞いて」
「ありがとうございますなのです!!」
ぱあっと、つくしちゃんの表情が明るくなる。右目は眼帯をしていて見えないけれど、くりくりとした大きな左目は、まるで流れ星が走ったようにきらきらしていて綺麗。
だが、そんな瞳は、私の隣の席をちらちら気にしているようだった。
あー、ギャル子か…………。
つくしちゃんの様なかよわい女の子には、ギャル子は狼のような存在だろう。何かあったら、私が守ってあげなくちゃ。
まあ、私もギャル子は苦手なんだけどね。
―
――
―――
ギャル子は1年の時から同じクラスだが、出会いはもう最悪なものだった。
「わ、私は大丈夫…………新しい環境だけど、怖くない怖くない。ここには女の子しかいないし、友達も大丈夫。できる、できる………。高校生活のスタートは気さくな挨拶から…………」
そう唱えながら、1年3組のドアを開けて自分の席へ向かう。
初日だというのに教室は意外とわいわいしていて、同じ出身中学の者同士、あるいは既に友達になった者同士、談笑している姿が見られた。
「私の…………、私の席は…………」
自分の席を見つけた。
が、私はそこに座らなかった。
私の机に腰掛ける女がいた。私の前の席を取り囲むように3人組の女がいて、その1人が腰掛けていた。
彼女もきっと、私が来たら退くつもりだっただろう。
でも、私は何も声をかけることができず、教室から一旦出てしまった。
だって、
だって、ギャルだったんだもん!!!
短いスカート、染めた髪、パーマ、ピアス、がっつりの化粧。すべて校則違反だ。3人とも同じような感じだったが、ギャル子が一番際立っていた。
「怖い。怖すぎる。高校ってあんなやつらがいるのか…………」
避難した先のトイレの個室で私は慄いていた。「ちょっとどいてもらっていいかなー」と声をかけられる相手ではない。
初日からあんなにレジスタンスを発揮するような人たちと、今後付き合っていかなければならないのだろうか?
下手したら、いじめられたり、パシリにされたり、怪しいミネラルウォーターを売りつけられたりするんだ!!
怖い。怖すぎる。
そんな感じで私は始業のギリギリまで教室に行くことも出来ず、皆が友達を作っているタイミングを逃してしまったのである。
―――
――
―
私が高校に通い始めて、心の調子が悪くなったのはそこからだ。
その後も、ギャル子にはいい印象がない。
プリント回すときにはこっち向かないし、授業中に平気でスマホいじってるし、私が消しゴム落とした時に拾ってくれなかったし。
どんどん嫌いになっていった。
何かの本で読んだけど、”単純接触効果”というものがあって、好感を持っている人とは過ごせば過ごすほど更に好きになるらしい。しかし、逆に嫌いな人は更に印象が悪くなる。
だから、私がギャル子をこうも毛嫌いしているのは、仕方のないことなのだ。
しかしまあ、隣の席か…………。最悪だ。
今までは番号順だったので、ギャル子、もとい鍵屋るなは、私の前の席だった。1年の時の席替えでは近くになることはなかったけど、今年はどうも運が悪いらしい。
「対して、咲季は遠いなあ………」
ぼそっと呟き、ため息をひとつ。
席替えする前よりも遠くなってしまった。けれど今回は私よりも前にいるので、授業中でも咲季のことが見られるのはよかった。
「…………」
「…………」
”英語コミュニケーション”という授業がある。
日本語のコミュニケーションさえままならない私は一体どうすればいいんだ、という話は置いておいて。
「…………」
授業の特性上、ペアワークが多い。
「…………」
で、お互い喋らない。
ギャル子に至っては、完全に背もたれに身体を預けていて、まるでこちらを気にする気配もない。
普段の授業に積極的でないのはこちらの知ったことではないが、こうしているときはもう少し協力する姿勢を見せてほしい。まあ、私も人のこと言えないんだけどさ。
ちなみに、席替えをする前のギャル子の隣は有羽栄奈だった。まあ、あの子なら上手くやれたんだろうなあ…………。
「それでは~、センテンスごとに交代して、音読してください~」
縁繰先生がのっぺりした声で言う。
言いながら、さすがに私たちへの授業不参加感が気になったのか、こちらに近づいてきた。
「どうしました~?鍵屋さん。調子でも悪いですか~?」
声をかけてきた先生に対し、反抗期丸出しの表情で、
「別に」
強い。本当に”別に”っていう奴いるんだなあ。
だがそれで目を離すほど、縁繰先生も甘くなかった。ずっとニコニコしながら私たちの前にいる。先生なりのプレッシャーのかけ方なんだろう。
ギャル子もさすがに察したか、軽く居直して、テキストを手にした。軽く舌打ちが聞こえた気がした。不愉快だ。
「何ページ」
お前まじかよ。
「…………65」
私も穏やかにすることが出来なくて、冷たく返してしまう。
すると、ギャル子がなにやらぼそぼそ言っている。
え、何!?嫌味でも言われてんのかと思ったが、
「鍵屋さん、さすがに金子さんに聞こえませんよ……?」
音読していたらしい。本当に聞こえん。
「ん、んっ」
軽く咳払いをしたのち、口を開いた。
「The legend about the full moon and the wolves has been handed down since ancient times, but ―――」
驚いた。
めちゃくちゃ英語読むの上手い。
その不真面目な見かけからは想像もできないほど流暢である。発音もしっかりしてるし、なんだ、帰国子女かなんかなのかこいつ。
ええ、ええ???
「……………………次、読んで」
「え? ああ、ごめん」
呆気に取られていて、ギャル子に指摘される始末だった。
授業が終わって、思わず廊下に出てしまった。
掲示板には、今朝から中間テストの上位者が貼りだされていた。
「うわ、ギャル子の名前あったわ」
英語は学年5位だ。他の教科は載っていたり載っていなかったりするが、案外成績がいいんだなと知る。
今まで自分の順位しか気にしてなかったし、とはいえ必死に自分の名前を探すのも恥ずかしいのでチラッと見る程度だったので、今までギャル子の名前が合っても見逃していた可能性はある。おそらく今回に限らず、特に英語はよく出来るのだろう。
そういえば、テスト前は律儀に図書室で勉強していたな。
「あ、萌花。名前あった?」
トイレから戻って来たらしい咲季と会った。嬉しいな。
「まだ見つけてないけど」
本当は自分の順位を見ることが目的ではなかったからね。
「うーん…………あ、あったよ。数学17位!すごいね!」
「ああ、よかった」
もっとも私が載っていたのは、あくまで文系クラスだけでの順位で、尚且つ同点の人もたくさんいる。それでも、まあいいか。
あとは、古典にも私の名前は載っていた。
「でも、私の方が上だったね!」
咲季は古典で10位、現国で7位だった。本当に国語できるんだな…………。
「けどよかったー。赤点ひとつもなかったから。萌花のおかげだよ、本当にありがとうね」
「どういたしまして」
しっかり結果が出てくれると、私も教え甲斐があったというものだ。咲季は別に頭が悪いわけではなさそうなので、勉強法さえ工夫すれば普通に成績は上がるような気もする。
「ご褒美あげよっか?」
咲季から提案される。
「そう言って、また咲季がして欲しいことにすり替えるんでしょ」
「し、しないよ、そんなこと」
「どうかなあ」
結局、昨日はキス目当ての提案だったわけで。
「でも、ご褒美は別に要らないよ」
「なんで?」
「私は勉強教えたけど、頑張ったのは咲季自身でしょ。私は咲季を助けただけ。今回は、もっと自分のことも褒めてあげなよ」
「あはは。…………そっか」
咲季は嬉しそうに笑って、けどどこか切なそうだった。
「萌花のそういうところ、好きだよ」
「ちょ、咲季、ここ廊下だから」
幸い誰も聞いてなさそうだけど、私たちが付き合っていることは秘密なのだ。
「いいじゃん。萌花のどこが好きかを言うことは、変なことじゃないよ」
「いや、あの」
「本当に好き。すごく好き」
「いやだからさあ」
いつになく真っすぐな声で伝えられて、とても恥ずかしい。身内以外に自分を肯定されることがあまりないのだ。
「イチャイチャしてるとこすまんな」
「うわあああ」
風薇が間から顔を出してきた。
「私の名前はあったか?」
「璃玖の名前もありますか?」
後ろには璃玖もいた。順位を見に来たようだ。
「あ、風薇ちゃんだよね?」
「よう、立川。こうやって間近で見ると本当に整ってんな」
「え、なにが?」
「顔が」
「あ、ああ。ありがとう???」
2人はインスタで仲良くなったみたいだが、ちゃんと対面で話すのは初めてだったようだ。
もちろん私は今、ハンカチを咥えている。風薇、顔が近いぞ。咲季は私の彼女だぞ。
「風薇、名前ありましたよ」
「おー、まあそりゃあな。って、璃玖、お前また数学1位じゃねえかよ!」
「もう文系と理系で範囲違うんですから、同じ土俵じゃないんですよ」
「だとしても!!」
また風薇が悔しさで騒ぎだした。うっせえな、こいつ。