100日後に散る百合 - 49日目
「レジ袋、いかがなさいますか?」
「あ、要らないです」
最近、近所のスーパーもレジ袋が有料になった。
私はそもそもマイバッグを持って行ってるので、あんまりどうとも思ってない。
というか、私はもう1年くらいこのスーパーに通っているのだから、いい加減、私が袋を必要としていないことを覚えている店員さんがいてもいいのではないだろうか。
いちいち聞かれるのが面倒だ。
まあ、私の影が薄いんだろう。仕方ない。
「レジ袋?んー、私は買っちゃうかな。お母さんも買ってると思う」
咲季の家庭ではマイバックは使ってないようだ。
「意味あるのかな、有料化。買う人は結局買うと思う」
「確かにねー。どうせゴミ袋として使うんだし、その分のお金出してると思えばね」
「咲季が前に住んでたとこって、ゴミ袋指定だった?」
「ん?どういうこと?」
「私、こっちに引っ越してくる前に―――」
「え、ちょっと待って」
咲季に話を止められる。
「萌花って、ここ地元じゃないの?」
「あれ、言ってなかったっけ」
そういえば、言った記憶がない。
私は高校に入る時に、お父さんの仕事が都合でこっちに引っ越してきた。秋には既に確定していたことなので、受験も初めからこっちの学校を受けた。
「萌花のお家も結構大変だったんだね」
まあ、お母さんが逝去して、いずみさんとお父さんが再婚して、行雲ちゃんが来て、その後引っ越しだったので、その時期はかなり慌しかった。
「今日はなに作るの?」
「冷しゃぶうどん」
「んー、美味しそう」
「食べてく?」
「さすがに悪いよ」
そんなこんなで我が家に着く。
今日も勉強会だ。
「クラスの人とは勉強会とかしないの?」
咲季は友達も多いので、何も私にこだわらなくても良いんじゃないかとは思う。
いやそりゃ、彼女だし?私としては嬉しいけどさ。
「みんな塾行ってるんだって」
「あー、自習室とか?」
「それもそうだけど、定期テストの時は授業で対策やってくれるみたい」
「へー」
「萌花は行く予定とかあるの?」
「まあ3年になったらとは考えたけど、でもそうするとご飯作れなくなっちゃうから、家庭教師とか、通信とかになるのかな」
大学かあ。
結局、この前の進路調査には当たり障りのないところを書いたけど、そろそろちゃんと考えなきゃいけないんだろうなあ。
今日もいずみさんは不在だ。
昨日の会食で泥酔してしまったようで、ホテルに連れて行ってもらったらしいが、二日酔いがひどくて動けないらしい。夜には帰ってくるだろうけど。
買ってきた食材を冷蔵庫に入れた後、昨日のように紅茶を淹れ、咲季と一緒に私の部屋に向かう。
「今日は、妹さんは?」
「普通に部活あるから、帰りは遅いよ」
「そっか…………」
明らかに、”そっか”以上の意味を含んだ声色だった。
咲季は後ろ手でドアを閉める。
「んっ」
視線は逸らしたまま迫られ、軽くキスされる。
気持ちいい。
って、いや、待ってください。
「え、や、もう、すんの?」
「いいじゃん、昨日したんだし?」
悪気のなさそうな顔をしている。
「それとも、萌花は嫌?」
「い、嫌じゃないけどっ……その、心の準備とか」
「んー、じゃあ、するね?」
そう言って、また顔を寄せてくる。
「いやいやいやいや」
手で止める。
きょとんとしている咲季。
「なんで?するねって言ったじゃん」
「いや、言ったからいいとかじゃないじゃん」
「???」
こういう時だけ物分かりが悪いなこの子は!!
「じゃ、勉強終わった後にしようよ、ね?」
「今じゃダメなの?」
「昨日、あの後ほとんど勉強しなかったじゃん」
結局、行雲ちゃんから「そろそろ帰ります」というLINEが来るまで、ほとんどキスをして過ごしてしまった。
「だってー、萌花がしてほしそうな目で見てくるから」
「見てないよ!!」
いや、してほしかったのは事実だけど………
でも私は分かっている。きっとこれは見境がつかなくなると本当にやばいやつなのだ。
理性があるうちに止めておいた方がいい。
「とにかく!勉強してから!はい!問題集開く!」
ぶーぶー言いながら、鞄を漁る咲季だった。
さあ、集中しましょう。
かりかり。
さすさす。
かりかり。
なでなで。
「ねー、もえかぁ、これどうやんのー」
「あの、咲季さん、太もも撫でながら聞かないでください。くすぐったいです」
咲季の適度にしっとりした手が、私の太ももを這う。
そろそろ変な気分になってしまう。
「あったかくて気持ちいいよ?」
「感想なんて聞いてない!!」
現代文得意なんでしょ?文脈読めよ。
「集中してくれないと、もう、してあげないよ?」
「何を?」
「……き、きす」
「ふーん」
うわ出た、意地悪な顔だ。
「あ、そう」
咲季は怯む様子もなく、
「まあ、それで萌花が我慢できるならいいけど?」
こいつ~~~~~~!!!!!!!
だめだ、完全に向こうの掌の上だ。
「ねえ、我慢できるの?」
「…………」
「私ともうキスしないなんて、そんなの我慢できるの?」
「…………」
「ねえ」
「……………………できません」
目を合わせず答える。
なんか説教でもされている気分だ。
「で、でも!!勉強しなきゃいけないのは事実でしょ!」
必死の対抗。このままだと流される。
「そりゃ私もしたいよ!」
言いながら、ちび○○子ちゃんみたいな言い方だと思った。
「けど、私、多分止まんなくなるから。勉強終わった後、その、するから」
「そっかあ、萌花は止まんなくなっちゃうんだ」
またニヤニヤしてやがる。
「うるさい」
「あはは、ごめんごめん。そうだね、私もせっかく教えてもらってるのに」
「本当だよ。ていうか、もうルールね、これ。私がだめって言った時はだめね」
「えー」
「しょうがないじゃん。別に、したくない訳じゃないから」
「うー、わかった」
親に説得された子供の様に、表面上だけ了承したような口ぶりだった。
細い腕が首に回されたまま、少しだけ力を入れて、咲季の体重を支える。
「んー、ん、っ、ぅん」
昨日の長く深いキスとは打って変わって、細かく軽いキスが繰り返される。
その度に、さっき着けたばかりのイヤリングが揺れる。
こういうのもあるんだ、っていうのが素直な感想だったけど、
咲季の唇が触れた時の嬉しさと、離れてしまった時の寂しさが交互にやってきて、なんだか不思議な感覚になってくる。
私はもっと咲季を感じたくて、小鳥が餌をついばむように求めてしまう。
咲季は時折、私の唇から狙いをずらして、顎とか、ほっぺとか、鼻とか、目とか、あちこちに触れてくる。
「ゃ、ちょ、耳っ」
「耳が?」
「く、くすぐったい」
お願いだから囁かないで。
「我慢して。んっ」
ちゅっ、と、わざとさっきよりも大きめに舌音を響かせる。
「ひゃんっ、むりぃ!」
構わず咲季が続けてくる。
だめ、むり、もうなんか、むり。
熱い。苦しい。
どきどきしてる。
キスでどきどきしてる。
耳に咲季の吐息が当たるたび、電流が走ったように腰が跳ねる。
あー。
だめだ。
「ねえ、もえか……」
「あっ、ん、は、はぃ」
「私、―――」
ブーブー
「あ、ごめん私だ」
机の上でスマホが鳴る。
見ると、行雲ちゃんからだった。
「帰ってくる?」
咲季が名残惜しそうに首を傾げる。
「うん」
「そっか」
咲季は鞄を担ぎながら、
「ありがと、今日も。萌花はどうだった?」
「うん。私も、その、きもちよかった…………」
「”どう?”って言うのは、勉強会のことなんだけど」
こ、こいつ~~~~~~!!!!!!!