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100日後に散る百合 - 10日目


よく寝た。

昨日はとても疲れた。

通学路の桜はほとんど散ってしまったけれど、

葉っぱが目立ち始めていて、

もう夏を迎える準備をしているんだと感じる。

今日も天気が良いし、

よく寝ると、朝もなんだか清々しいものだ。

人間は、緊張状態から解放された時が、一番疲れると思う。

昨日の私は過度のストレスにさらされていた。

理由は、立川だ。

放課後の委員会、

初めて立川とちゃんとおしゃべりして、

隣からは常にいい匂いが漂っていて、

私の中の理性と本能は、

今朝ニュースで見た、ボクシングの試合くらい殴り合っていたことだろう。

ボクシングって痛くないのかな?

まあ、それはいいとして。

緊張状態がMAXだったのは、

委員会の時ではない。

問題は、そのあとだった。

歩きながら、昨日のことを思い出す。



昨日の委員会は、

仕事の説明がメインだった。

仕事自体は、貸出・返却業務、

あとは、返却された本を本棚に戻すことだ。

まあ、やはり予想通りの内容だった。

昼休みと放課後に、それぞれ1クラスの委員が担当する形になる。

例えば、明日の昼休みは3年1組で、放課後は2組。

明後日の昼休みは3年3組で、放課後は4組の委員が担当。

昼休みはせいぜい30分程度だが、

放課後は1時間半ほど図書室にいなければならない。

各クラスが万遍なく担当するようにローテーションは組まれているが、

部活が大会前で忙しい人や、家庭の事情がある人は要相談とのこと。

まあ、私は部活にも入ってないし、

特段、家に早く帰る理由はない。

ちなみに、立川も部活に入っていないらしい。

「転校してきたし、今更入りにくいよ」

と言っていた。

そりゃそうか。

「前の学校とか、中学は何部だったの?」

「うーん、秘密。へへへ」

なんで勿体ぶるんだ。

でも可愛いから許しちゃう。

「金子さんって、お家はどっち方面?」

「え、神社の方だけど」

私の家の近くには大きな神社がある。

「そっかあ。私は駅の方。というか駅。電車乗るから」

私と帰路は真逆のようだ。

残念。

「金子さん、このあと時間ある?」

え!?

何!?

突然のお誘い。

なななな、なんでしょうか。

「全然、大丈夫だけど」

「じゃー、ちょっと付き合って」

”付き合って”という表現にビビりまくったけど、

まあ、そういうことではない。

知ってる知ってる。


一旦、2人で教室に帰り、

帰り支度を済ませる。

立川に連れてこられたのは、外。

校舎裏と言っていいのか分からないけど、

特別棟と教室棟の間の狭い空間だった。

どっちかっていうと、路地裏みたいなイメージが強い。

「大丈夫?寒くない?」

「うん、大丈夫」

日は当たらないが、風もない。

けれど、立川はどうも気の配れる女らしい。

これはモテそう。

「金子さんって、結構しゃべりやすいね」

「いや、違うよ! 立川さんがしゃべりやすいだけだって!!」

今考えても、ほぼ初対面の相手に、昨日ほど会話ができていたのは、

私の人生の中で初めてかもしれない。

これは断じて、私の成長ではなく、

立川が超しゃべりやすいからだ。

私のコミュ障が治ったわけではない。

「そうかなあ、でも、その割には私、全然友達できないんだよね」

立川が漏らす。

なぜ教室で立川が誰とも話していないのか、私も疑問だったが、

それには大方答えが付いた。

「それは、転校生だからだよ」

「え、でもさ、転校生ってもっと、ちやほやされない?」

「みんなが転校生って知ってればね。さっきも言ったけど、私たち、立川さんが転校生なんて聞いてないからさ」

「あー。知らない人には、まあ話かけにくいよね」

「それに、立川さん、その、顔、いいし、近寄りがたい感じはあるかもね……………………あ、でも!私は話したかったよ!今、こうしてお話できて嬉しい!!」

言っちゃった。

言っちゃった。

私の中では軽い告白だぞこれ。

顔が熱い。

「そう?嬉しい」

やったー!相思相愛だー!

「いやなんか、私、みんなから嫌われてんのかなーとか思っちゃて、私から話しかけるのも怖くなっちゃってたんだよね」

「休み時間も、書類か何か書いてたから、余計に話しかけづらかったかもね」

多分、あれは転校してからの手続き的な書類だったんだろう。

「それに、立川さん、最近は教室から出て行っちゃうし」

「ふーん」

「え、なに?」

立川が、ちょっと細い目をしている。

どんな顔も可愛い。

「金子さんって、私のこと結構見てるね」

やべえ、しゃべりすぎた!

「い、いや!綺麗な人だなーって思ってたから!その、ついつい目で追っちゃってたというか」

「ふーん」

やべえ、むしろ墓穴掘った!!

「まあ、気づいてたよ。金子さん、よくこっち見てるなって」

「ご、ごめん!!」

「ううん、いいよ、別に」

立川は、お、と言って下を見やる。

にゃー、と足元から声がした。

「来たねー、キッサ」

「あ、昼休みに見た猫だ」

「え、本当?」

「うん、中庭の方で」

「そっかー、そっち行ってたか。この子ね、よく学校来るの」

立川は屈んで、そのキッサの頭を撫でている。

いいな、私も撫でられたい。

「私がテキトーに校舎ぶらついてたらね、たまたまこの子見つけて。それで追いかけてたら、ここに来た。お気に入りらしいわ、ここが」

「教室から出て行ってるのは、この子に会いに?」

「うん。好きなんだよね、猫」

くー、立川は猫派。

私は犬派。

「たまに、ご飯とかあげちゃう」

「いいの、それ」

「いや、多分だめ」

立川は猫を抱く。

いいな、私も抱かれたい。

「それで、凄いなつかれちゃってさ」

「そうだね、だっこされても、全然嫌がってない」

「教室いても友達いないからさ、キッサに会いに来ちゃうんだー」

まあ、だから余計友達出来ないんだよね、と苦笑いしている。

「なんで、”キッサ”っていうの?」

「私が勝手につけた。フィンランド語で”猫”」

ひねりないな。

”キャット”と名付けるのと本質的には一緒だ。

「私も撫でてみていい?」

「どうぞ?」

おそるおそる手を伸ばす。

どさくさに紛れて、立川の腕とか胸とか触れそう。

「ニャー!!!!!」

うおお、びっくりした。

「あはは、威嚇されてるねえ」

「私、犬派だから、それが伝わっちゃったかも」

いや、伝わったのは邪念だと思う。

「よいしょ」

立川の腕から下ろされたキッサは、

どこかに去っていった。

「いやー、久々に人と話せてよかった。ありがとね、金子さん」

「私も」

立川と話せて嬉しい。

「明日から、みんなに話しかけてみようかな」

「え…………」

みんなに話しかけちゃうの?

「なに、嫌なの?」

「あ、ううん!いいと思うよ!立川さん、優しいし、友達たくさんできると思う!」

「そう?優しく見える?」

「え?うん…………」

その含みのある言い方は何?

いや、でも私からはそう見えるんだ。

「まあ、でも友達はそんなにいらないかな」

「そうなの?」

「よく言うじゃん、”政治家と友達は多くてもあまり役に立たない”って」

「初めて聞いたけど」

あはは、と笑う立川は、

突然、

一歩、私に近づく。

さらに、

もう一歩。

いやいや待って。

近い近い近い近い。

可愛い可愛い可愛い。

「金子さん」

「は、はい」

心拍数が上がっている。

体温が上がっている。

熱い。

「私とさ、友達になろっか」

「え、ええ?」

友達。

私と立川が。

嬉しい。

立川の匂いが鼻腔を刺激してくる。

なんか頭が働かなくなってきた。

嬉しいのに、なぜか、言葉に出せない。

「金子さんは、ずっと見てたんだよね。私のこと」

はい、見てました。

窓ガラスに反射した姿も見てました。

可愛い。

「今日は」

更に一歩、詰め寄る立川。

「私もさ、金子さんのこと、ちょっと気になっちゃって」

え?え?え?

なんで!?

どういうこと!?

「金子さん、近くで見ても、肌綺麗だねー」

いやあなたの方が綺麗でしょ。

また一歩近づく。

待って待って。

近い近い近い近い近い近い近い。

「動かないでね」

私の肩に手を置く立川。

顔を近づけてくる立川。

あ、あと数センチしか距離がないですが!?!?!?!?

え!?え!?え!?え!?え!?

待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って!!!!!!

もう!!!!!

もう無理だって!!!!!!

無理無理無理無理!!!!!!!!!

立川の目。

立川のまつ毛。

立川の鼻。

立川の口。

立川の匂い。

近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い誓い誓い誓い誓い!!!!!!!!!!

「地下一階近い誓い!!!!!!!!!!!」

「よいしょ」

すっ、と、

立川が離れる。

「今日ずっと気になってたんだよー、金子さん」

「ふぇ?」

完全に魂の抜けた声が出てしまった。

「ほら、見て」

立川は自分の指に付けた、赤い丸を見せてくる。

「”5%引き”だって。金子さん、今日のお昼は?」

立川の手にあるシールは、見たことがある。

これは、

風薇が食べてたメロンパンに付いてたやつだ。

風薇が私の首元に付けやがったらしい。

あの野郎。

「あ、シール取ってくれたんだね。立川さん、あのやろう」

「え?」

「あ、ごめん、間違えた!ありがとう!!」

「びっくりした、急に暴言吐かれたかと思った」

そんなわけないでしょ。

ちなみに私は、立川に罵倒を浴びせられたい。

「で、このシールは?」

「友達にやられた」

「なんだ、金子さん、お友達いるんじゃん」

ん?どういう意味?

友達いないと思われてた?

いや、いないからいいけど。

「あ、やば!こんな時間!」

腕時計を見て立川が言う。

「ごめん!私、もう電車乗らなきゃ!」

「ああ、うん」

地面に置いていたカバンを取り上げる。

あ、寿司のストラップ。

「今日は楽しかったよ!ありがとね!」

「こ、こちらこそ」

「金子さん、気を付けて帰ってね」

「うん、立川さんも」

小走りで、隙間を抜ける。

帰っちゃう。

立川との時間が終わっちゃう。

と、思っていたら、

立川が

振り返る。

「じゃあ、また明日!」

手を振りながら、

立川が去っていく。

私は、

これといった挨拶も出来ずに、

彼女を見送るしかなかった。



そんなこんなで、

昨日の私は疲れたのだった。


”また明日”かー。

「次に会うときは、棺桶にいるかもしれないだろ」とか言って、別れの挨拶をしないのが風薇だ。

そんな風薇からは、

『実行委員の仕事があるから、今日の昼は一人で食べるんだぞ、ぼっち』

と、メッセージが来ていた。

大変だな、文化祭実行委員会も。

メッセージで思い出したが、

そういえば、立川と連絡先とか交換しなかったな。

まあ、学校に着いてから、交換してもらおう。

…………いいよね?

交換してもいいよね?

だって、もう、私たちは友達だもんね。

立川はそう、言ってくれたよね?

でも、連絡先を交換するほどの好感があるのか?

いやいや、深く考えるな。

これからは、委員会の仕事もあるし、

連絡先を交換するのは自然なこと。

というか、そういう言い訳をしてしまいそう。

「ま、まあ!?これから委員会の仕事もあるし!?その、別に立川さんと友達になったことに浮かれてるとかではなくて!ああ、でも!友達になったのは別に全然嬉しいんだけどね!まあ、でも、連絡先はどっちにしろ交換しといた方がいいかなぁーって」

とか言っちゃいそう。

気を付けよう。


そろそろ学校に着く。

今日は、

頑張って、

立川に声をかけるぞ。

プランはこうだ。

わたし「立川さん、おはよう」

立川「あ、金子さん。おはよう」

わたし「あの、さ、連絡先交換しない?」

立川「え?」

わたし「ま、まあ!?これから委員会の仕事もあるし!?その、別に立川さんと友達になったことに浮かれてるとかではなくて!ああ、でも!友達になったのは別に全然嬉しいんだけどね!まあ、でも、連絡先はどっちにしろ交換しといた方がいいかなぁーって」

いや、それはやめようって。

take2。

立川「連絡先?いいよ」

わたし「本当に?嬉しい!立川さん大好き!」

立川「私も、金子さんのこと、大好き♡」

ちがーーーーーう!!!!

take3。

立川「連絡先?いいよ」

わたし「それでね、今日一緒にお昼食べない?」

立川「お昼?」

わたし「うん。いつも食べてる友達が、今日来れなくなっちゃって」

立川「じゃあ、私でよければ」

わたし「それでね、今日ね、立川さんの分のお弁当も作ってきたんだ…………」

立川「本当に!?嬉しい!! じゃあ、ついでに金子さんのことも頂いちゃおうかな♡」

これだ。

うふふふふふふ。

うへへへへへへへへへ。

さあ、待ってろ立川!!!!

ガラガラピシャン!!!!!


立川は、今日学校を休んだ。

私は、一人でお弁当を食べた。



#100日後に散る百合

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