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100日後に散る百合 - 13日目


肥料の三要素。

窒素、リン酸、カリウム。

窒素は、植物の体や葉緑体の構成元素としてとても重要。

不足すると、葉が黄色くなったり、丈が伸びなかったりする。

リン酸は、核酸の構成元素で、開花や結実を促す。

不足すると、葉が赤紫色になったり、開花などが遅れたりする。

カリウムは、根の発育に欠かせない。

不足すると、葉が枯れたりする。


生物の授業は、正直、あまり興味がない。

ふわぁ~あ。

あ、隠さずにあくびをしてしまった。

乙女として恥ずかしいことだ。

は?

私は乙女だが?

乙女は、大あくびをすると恥ずかしいんだぞ?

とはいえ、担当教師はこちらを見ている様子もなく、

黒板に向かって永遠と話している。

しかも、今やってるところ、テストに出ないらしいじゃないか。

「余談だけども」って言ってから、授業1回分は使っている。

ふわぁ~あ。

もう限界だ、眠い。

寝ちゃおう。

寝る体制に入る。

私は、机に突っ伏して寝ることが出来ないので(腰が痛くなるから)、

頬杖を突きながら寝るようにしている。

ところで、

今の私に不足してるもの、

それは、

紛れもなく、

立川だ。

木曜日、委員会のあとにお話して、

「また明日!」と言ってくれたのに、

金曜は学校に来なかった。

そして、土日を挟み、

月曜の今日も欠席である。

立川欠乏症になった私は、

あらゆる気力を失った。

このままでは、

私も枯れてしまう。

恋しい。

立川が恋しい。

ああ、

こうなると、

私は空っぽなんだな、と感じてしまう。

私が生きている価値なんて、

私の中には存在しなくて、

私の外にあるものに縋ることでしか、

私は私を保てないんだ。

何の生産性もない。

そういう意味では、

無機物から有機物を作り出す植物の方が、

よほど生きている価値がある。

私は、空っぽだなあ。

空っぽで、

そして、

どうしたって、死には抗えないんだ。

身体の中身が、どんどん消えていく感覚。

皮膚がぱりぱりと音を立てて、壊れていく感覚。

なんだか、植物にでもなってしまったみたい。

いや、なってるな。

指先は葉となり、

腕はみるみる茎になる。

脚が根っこみたいになってしまった。

けれど、

もう、

ボロボロで、

グラグラで、

一度も花を咲かせられずに、

私は、

ただ、

ただ、

「金子さん!」

え?

「金子さん!」

あれ、立川だ。

なぜか、手には一輪の花がある。

…………あれは、百合?

ていうか、立川、休みじゃなかったの?

「会いに来たの!」

会いに?

どうして?

「私がいないと、ダメなんでしょ?」

そう。

そうだけど。

でも、

それは、私のわがままだから。

立川は、自分の花を咲かせてよ。

「あなたは、」

立川?

「あなたは、生きてよ」

どうして、

どうして、立川がそんなこと言うの。

「あなたが生きていることが、私の生きる価値だから」

大事そうに抱えた百合の花に、

一粒一粒、

涙を注いでいく立川咲季は、

とても、美しかった。


「っていう、夢を見た」

「お前、闇抱えてんの?」

サラダパスタを食べる風薇が言ってくる。

今日のお昼は、いかにもJKみたい。

もぐもぐしながら、制服のポケットからスマホを取り出す。

こいつのことだから、変なスマホケースかなとか思っていたけど、めちゃくちゃ普通のやつで全然面白くない。

「えーと、【夢占い 植物になる】検索。」

「食事中にスマホいじらないの」

「お母さんかよ」

お母さんじゃねえよ。

お姉さんだろ。

いや、お姉さんじゃねえよ。

「あれ、そういえば、風薇って一人っ子だっけ?」

「そうだが」

「あ、いや、別に。聞いただけ」

「…………」

え、何?

風薇がじっと見てくる。

と、思ったら、逸らした。

「ないな」

「何が?」

「”植物になる”っていうのは、ネットに載ってない」

「私、そこまで占いとか信じないけど?」

「夢占いって、結構当たるんだぞ」

そう言いながら、スマホの画面を見せてくる。

「”植物になる”は無かったが、”身体から植物が生えてくる”ならあった」

別に生えてきたわけではないが。

あの夢は、私が植物と化していったんだ。

「手とか足とか口とか、生えてくる場所で微妙に意味は違うみたいだが、まあ、全部要約すると」

人差し指を突き出す風薇。

「 モ カ は コ ミ ュ 障 だ ! 」

人を指さすな。

あと、私はコミュ障だ。

否定しないよ。

占われなくても分かってる。

ただ、少し気になることがある。

「ちょっと、それ見せて」

「なんだよ~、結局占いに興味津々後方2回宙返り3回ひねりじゃないか」

それはシライ3だろ。H難度のやつだろ。

風薇からスマホを受け取り、思い返す。

立川が持っていた百合は、

本当に、”持っていた”のかな?

”生えていた”ではなくて?

うーん、思い出せない。

それに、私自身じゃないと意味ないんじゃないか、こういうのって。

ただ、まあ、占いはちょっと面白かった。

植物を育てるのは、自分の中にあるものを育てたいという象徴。

枯らしてしまうのは、自分の諦めや絶望の象徴。

確かに、言われてみればそういうイメージがあってもおかしくなさそうだ。

「立川咲季は、」

急に、風薇が立川の名前を口にした。

「立川咲季は、どんなやつだった」

「あ、聞く?」

「いや、いい。長くなりそうだ」

じゃあ、なんで聞いたんだ。

最近の風薇はよく分からない。

いや、前からかもしれない。

「さて、私は戻る。スマホを返してくれ」

「え、もう?」

昼休みが終わるまでには、まだ時間がある。

「5限の課題をまだやっていないんだ」

「ここでやればいいじゃん」

「わざわざ教室に帰ってから、こっちに持ってくるの面倒なんだよ」

それもそうだ。

あ、私も課題やんなきゃ。

「モカ」

教室から出ようとしていた風薇が、振り向きざまに呼んでくる。

「何?」

「…………また、明日」



#100日後に散る百合

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