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100日後に散る百合 - 41日目


「ルールとか、決める?」


咲季と付き合い始めてから数日が経ち、

特に変わったことと言えば、

電話をするようになった。

木曜に初めて電話して、土曜に2回目、今日のこれで3回目である。

友達もいないので、そもそも電話をする機会のない私だけど、

さすがに少し慣れてきたところではある。

大好きな咲季の声は、スマホ越しでも綺麗で、優しくて、暖かい。

咲季は今、どういう表情なのかとか、どういう姿勢なのかとか、お風呂上がりでどんな格好なのかとか、

そういうことを想像して、ドキドキしてしまう。

電波に乗せられた少しの吐息ですら、私の耳をくすぐっている。

『萌花は、ルールとかあった方が付き合いやすい?』

私の提案に、咲季が答えてくる。

「いや、なんか、絶対に必要かと言われると、別にそうでもないんだけど、でも、あった方が良いのかな、って、いや私、人とお付き合したことないから、そういうの分かんなくて、それで、色々、調べて…………」

『調べた?』

「え、まあ、うん」

『へー、調べたんだ。なに?【カップル 付き合い方】みたいな?』

「うるさいなあ!?別にいいじゃんそれは!」

なんでそういう恥ずかしいところだけ拾うんだ。

『そっかあ、萌花もそういうの調べるんだー』

「べ、勉強のためだよ!恋愛面での社会常識とか知らないから、それで咲季に迷惑かけちゃったら嫌だし…………」

『もー、私と萌花の話なんだから、社会常識とか気にしなくていいのに』

「女の子同士で付き合うの大変だよ、って言ったの咲季でしょ」

『いや、まあそうなんだけどさ』

小さく息を吸い込む音が聞こえる。

『でも、私は萌花の気持ちを一番大事にしたいから』

「なっ…………」

咲季はよく、こういうことを突然ぶっこんで来る。

未だ、これには慣れていない。

「で、で、で、で、で!?ルールは?どうすんの?決めるの?決めないの?」

『そうだねー、あった方がいいかもね』

ルールというのは、

予め人為的に設けるものでもあるし、自然発生的に作られるものでもあると思う。

人間関係の中でルールを決めるのは、些か窮屈のように感じるけど、

私たちはここに至るまで、少なくとも心のすれ違い的なものはあったのだから、お互いに確認しておくべきことはあると思うのだ。

「前に言ってたけど、学校では付き合ってることは隠しておくってことでいい?」

『私はそう思う。萌花が公表したいんだったら、絶対にダメって訳じゃないんだけど』

まあ、咲季が言うんなら隠しておいた方がいいんだと思う。そういうことに関しては、咲季に委ねた方が妥当な気がする。

「私も、隠しておくので大丈夫だよ。あー、でも1人言い逃れできない友達がいるな」

風薇のことだ。私は咲季のことが好きだということで、既に相談してしまっている。

『その子は、大丈夫そう?』

”大丈夫そう”というのは、言いふらしたりしないかとか、否定的な意見を持っていないかとか、そういうことだと思う。

確か、風薇も嫌悪している感じではなかったはずだ。

「うん、大丈夫だよ。約束はしっかり守る子だし」

『分かった。私は今のところ言うような相手もいないから安心して』

”安心して”と言われたが、なんだかスッキリとしない。

言うような相手がいないのは、なんか”人に言うほどのことでもない”みたいに聞こえてしまって、ちょっと悲しかった。

『あ、でも、教室で仲良くしちゃダメってことはないからね?話しかけてくれて全然いいし』

「あー、うん。でも私、そもそも教室で咲季に話しかける勇気ないよ。今までも絡んでなかったんだし」

『うーん、そうなんだけど。でも、ほら』

なんだか歯切れが悪い。

『私、萌花のお弁当食べたいなーとか、思うんだけど?』

「あばばばばば!?」

突然のご要望に仰け反る。

『あはは、驚きすぎでしょ』

「だ、だって」

『したいじゃん。彼女と一緒に、彼女が作ってくれたお弁当食べるの』

咲季から、放たれる”彼女”というフレーズにいちいち、身体が反応してしまう。そうか、私はこの人の彼女なのか…………。

「でも、咲季だっていっつもお昼一緒してる友達とかいるじゃん。私はいないからいいけど」

『そんなの気にしなくていいんだよー。そもそも私と萌花は既に友達だったでしょ。委員会で仲良くなって、一緒にお昼食べますなんて普通じゃん』

「私と仲良くしてて大丈夫?『咲季ってあんなやつと友達なの?人付き合い考えなよ』とか言われない?」

『萌花、それ私の友達貶してるように聞こえちゃうけど。そんなこと言う人たちじゃないよ』

「あー、ごめんなさい!!そういうつもりじゃなくて」

やばい、またよくないことを言った。

『うん、分かってるけど。そんなに卑屈にならないでよ。私は萌花のこと好きなんだからさ、もっと自分のことも好きになってよ。ネガティブなところ見せられたら、嫌ってほしいのかなって思っちゃう』

「う…………、はい」

ド正論を突き付けられてしまい、返す言葉もない。以後気を付けよう。

でも、咲季はこうやって私の悪いところをしっかり言ってくれる。

それにただ怒るわけでもなく、”私はこう感じてしまう”と、コミュニケーションの難しさも原因にあると分かったうえで、教えてくれるからありがたい。

「じゃ、じゃあ、どっかで食べよう。さすがに教室だと、私が緊張しちゃう気がする。いつもの場所でもいいし、屋上とか?あと空き教室とか?」

『空き教室なんてあるの?』

「全然使われてない部室なら知ってる」

自分で言ってて語弊を感じる。

『ふーむ。じゃあ、週2回から始めてみよっか』

「わ、分かった。じゃあ、さっそく水曜日とか」

『本当に!?いいの!?やったー、楽しみにしてる』

咲季は電話の向こうで、楽しそうにしている。

嬉しいな。


その後、電話のタイミングや、LINEの返事について決めた。

電話をかける時は事前に連絡を入れておく(咲季がお風呂の時間を調整したいから)とか、

宿題終わってなかったら電話はダメ(咲季は宿題を後回しにしがちだから)とか、

電話は0時過ぎたらおしまいにする(一応学生だから)とか、

LINEは無駄に続けない(咲季が続けがちだから)とか、

着信に気付いたなら既読は付ける、すぐに返信できないならその旨を伝える(色々心配になるから)とか、

いざ決めようとすれば、色々出てきた。

もちろん不都合も出てくるだろうから、それはその都度話し合おうということになった。不満を感じながら守るルールほど、苦痛なものはない。

『萌花って、そういうのしっかりしてるよね』

「女子って面倒じゃん、そういういざこざ。私、中学の時の部活で地獄みたから」

地獄だったのは私の代ではなく、仲が良くなかった先輩たちだ。噂によれば、そのきっかけはLINEでの小さなすれ違いだというのだから、非対面でのコミュニケーションには気を遣わなければならないと実感したものだ。

ただ、そこで変に相手の顔を窺うことが正解でもないと思うのだけど、まあ、難しいよなあ。

でも、私と咲季は、互いにより良い関係にしたいと思っているのだから、思っていることは素直に言ってしまった方が、いろいろ円滑になると思う。

「咲季は、何か嫌なことってある?」

『嫌なこと?』

「んー、例えば、さっき私のネガティブなとこが嫌って言ってたじゃん」

『いや、別に嫌ではないんだよ?そこも含めて萌花だと思うから』

「ああ、うん」

『卑屈になるよりは、私を好きにさせる魅力をもっと見せてってことね』

「…………なんかちょっと恥ずかしい」

『いいんだよ。私は萌花のこと好きなんだから』

「うぅ」

『可愛い萌花が見たい、笑った萌花が見たいの。不安なことがあったり、自信がなくなっちゃっても別に構わないの。ただその時は、自分の殻に籠らずに、私に甘えたりしてほしいってこと』

「うー、さきぃ~」

『よしよーし』

なんて優しいんだろう、私の彼女。

こんなに全肯定されてしまうと、いよいよ自分がなんだか分からなくなる。

『でもそうだなあ、嘘は嫌いかな』

「あー、確かに、嘘はよくないね」

『でもね、時には必要な嘘ってあるでしょ?』

確かに、ある。

相手を傷つけたり悲しませたりしないように、

あるいは、相手を喜ばせたりするためにつく嘘だ。

まあ、それが原因で目的と違うところに向かってしまう嘘も見たことがあるけど。

『だから、一概に嘘はダメって決めつけるのもよくないと思うんだ。それでね、思ったの。黙秘権はどうかな』

「黙秘権?」

『変に嘘つくより黙っている方が良いと思うし、あとは秘密にしたいことを恋人だからって無理に明かす必要もないと思うの』

「なるほど、確かに」

と、思ったけど、

咲季には、どうしても私に隠したいことでもあるんだろうか。私は特にない。

「でも、それだと、色々はぐらかされてる感覚になりそう」

『そうかな』

「だって私、咲季の好きなアイスの味と、前の部活は何だったのか教えてもらってない。秘密って言われた」

『え、そうだっけ。31だったらバナナストロベリーだよ。部活は演劇部』

「え、あ、うん、そうなんだ」

さらっと明かされてしまう。

じゃあなんで秘密にしてたんだ。

『うーん、じゃあ、なんで黙秘したいのか、その理由も言おう』

「あー、なるほど」

『じゃあ、それでいい?』

「分かった。嘘はつかない。黙っておきたいときは、その理由をつけて黙秘権を行使する」

なんか、聞こえは窮屈だけど、そんな場面は案外多くないと思う。


時計を見ると、0時を回っていたので、そろそろ切ろうかという流れになる。

「…………ねえ、咲季」

『ん?どしたの?』

「えと、また、その、言ってほしい」

『いや、いいけどさー。その割に萌花から言ってくれないじゃん』

「だって恥ずかしいんだもん!」

『その恥じらいをなんとか克服して言ってくれるから、ああ愛されてるなって感じるんじゃん』

「でもぉ」

『可愛く言ってもだめ。私だって萌花に言ってほしいもん』

「じゃあ、咲季から言って」

『それでこの前、萌花は言わなかったじゃん』

「今日は言うから!!」

『あ、じゃあ、せーので言おうよ』

「え、せーの?」

『うん、いくよ』

「あ、ちょと待っ」

『せーの』

「咲季、大好き…………」

『…………』

「ねえ!!ちょっと!!!咲季言ってないじゃん!!!!」

『一緒に言おう、とは言ってないもん』

「もー!!いじわる!!」

『いじわるじゃないよ。一緒に言っちゃったら萌花の声聞こえないじゃん』

「うにゃー!!」

『ほら、妹さん隣の部屋なんでしょ。そんなに騒いだら起きちゃうよ』

「咲季のばか」

『良いの?そんなこと言っちゃって。このまま切っちゃうよ?』

「あっ、ああ、それはだめ!」

『あはは、安心して。じゃあ萌花、おやすみ』

「うん」

『大好きだよ』

「うん」

『…………』

「…………」

『…………切ってよ』

「お休みって言ったのは咲季の方じゃん」

『私が切らなきゃいけないわけでもないでしょ』

「でもなんかそういうもんじゃん」

『じゃあ、せーので切ろうよ』

「え、また?」

『うん、いくよ』

「あ、ちょと待っ」

『せーの』

「せーの!!」


[通話を終了しました]


#100日後に散る百合


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