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100日後に散る百合 - 9日目


「今日は外で食べよう」


昼休み。

監物風薇が誘った場所は、

いわゆる中庭だった。

いくつかあるベンチのうち、

日当たりのいい所に座る。

「今日はここでお昼にしよう」ということらしい。

わざわざ教室から離れたのは、

“相談”というところに気を遣ってくれたのかもしれない。

優しいやつだ。

今日は天気も良く、ぽかぽかしていて気持ちが良い。

私もまだこういう感覚を忘れてはいない。

外でご飯というのは、

なかなか珍しいことだけど(私の中では)、

たまには、こういうのもいいかもしれない。


今日はサンドイッチを作ってきた。

場所も相まって、

なんだかピクニックみたいな気分になる。

「風薇」

「なんだ?」

「玉子、ツナマヨ、えびアボカド、スモークサーモン。どれがいい?」

「寿司ネタか?」

それにしては定番がないな、と首を傾げている風薇。

「ああ、ごめん、これこれ」

包みを開いて、サンドイッチに対する問いであることを示す。

今日は最初から1つあげるつもりで作ってきた。

「なんだ!?くれるのか!?」

目を輝かせている風薇。

無邪気で可愛らしい。

「ま、そうだよな、相談料的なものは払ってもらわないとな」

生意気でもある。

「あー、で、なんだっけ」

「玉子、ツナマヨ、えびアボカド、スモークサーモン」

「んー、悩むな」

風薇は腕を組み、何かぶつぶつ言っている。

これは長考の予感。

「早く選んで、私もお腹空いた」

「え、待ってくれよ」

「3」

「おいおいおい、カウントダウンかよ」

「2」

「うーーーーーーん」

「1」

「……………………これ!」

目を瞑って、一つ取り上げる。

運に任せたみたいだ。

「えびアボカドだね」

「おお~」

正直私も食べたかったやつだけど、まあいいや。

風薇はさっそくむしゃむしゃと食べている。

私を見て、美味しい美味しいと言ってくれている。

「もちろん中身も美味しいんだが、あれだな、パンが上手い」

良いところに気付くじゃないか。

使っているのは普通の食パンだけど、

ちょっと工夫をして、パサパサにならず、いい感じにしっとりするようにしている。

「で、私は何の相談に乗ればいいんだ?」

「いや、相談ってほどでもないんだけど」

「構わん」

こほん、と咳払いをして、

居ずまいを正す。

「あのー、最近、心惹かれるものがあって、それが、自分と思いがけない接点があって、で、その接点が今まさに交わらんとしてて、でもそうなったときに私はどうしたらいいのかが全然分からくて、上手くいかないと―」

「待て待て」

風薇に手で止められる。

「話が抽象的すぎてさっぱり塩味。間違えた、さっぱり分からん」

何で間違えたんだ。

「もっと具体的に言ってくれ。でないと、私も具体的なアドバイスを出せん」

「いや、でも」

「なんだ」

「なんというか、言いにくいこと、っていうか」

「あ、家の話か? それだったら無理すんなよ」

私の家庭は、やや複雑だ。

風薇はそれを知っているし、こうして気遣ってくれる。

「ううん、全然。そういう感じの話じゃないから、大丈夫……」

「そうか」

「あー、あのー、あのね?」

風薇は待ってくれている。

サンドイッチを食べるのも中断している。

言うよ。

深呼吸。


「…………私、好きな人ができた」


風薇は、一瞬驚いたような顔をしていた。

まあ、私が人を好きになるのが意外なんだろう。

思い出したように、再びサンドイッチに口を付けた。

「へー、そうか。よかったな」

いつもは小さい口でちびちび食べているが、

今日はなんだかがっついているな。勢いがいい。

サンドイッチ、気に入ってくれたかな。

「さしずめ、その相手と委員会が一緒なんだろ」

「何で分かんの!?」

「好きな人がいる、昨日の委員会のこと聞いてからの動揺、さっきの抽象的な話、3つ合わせればそんなところだろう」

サンドイッチを平らげた風薇は、自分が買ってきた購買のメロンパンを取り出す。

5%引き!!のシールが貼ってある。

ていうか、またメロンパンかよ。

「で、そいつはどんな男なんだ? モカが惚れる男のタイプは興味があるなァ」

ニヤニヤしている。

むむむ、

ここは齟齬がないように言っておくべきなのか、

言わないべきなのかが難しい。

私が好きなのは、男ではない。

「相手、聞いても引かない?」

「別に、私はモカがB専でも尊重してやるさ」

「いや、あのー」

「おう」

「女の子、なんだよね」

静止する風薇。

まばたきして、

うつむいて、

一瞬、私を見て、

うつむいて、

「…………おい、待て、それどういう意味だ」

らしくない動揺を見せている。

あー、やっぱり、引かれたかな。

「いや、言葉通りの意味。私が一目惚れしたのは女の子。あ、言ってなかったけど、一目惚れなの」

「へ、へー」

「引いた?」

「い、いや!?全然!むしろ、なんか、良いんじゃない?うん、良いと思った!!私も男だとちょっと心配だったし?むしろ女ってな、良いじゃんな!!別に私はモカが女を好きでも良いと思うぞ!!むしろな!!」

「いや、別に私は―」

女の子が好きという訳ではない。と言いかけた。

「で、で、で、で、で、どんなやつなんだ!?」

風薇に遮られた。

迫られてもいる。

「まー、たとえ女とはいえ、モカに見合う相手かどうかは、このフーラ様が判断してやろう」

「なんで、あんたに判断されなきゃいけないの」

「あっ、いや、別にそういう意味じゃなくて…………」

急にしおらしくなった。

少しバツの悪そうな顔をしている。

なんか、今日は絡みにくいな。

「立川咲季って、知ってる?」

「ん?……知らないな」

「そうか、風薇も知らないか」

「いや、別に私も人脈あるわけではないぞ」

「中学は?」

私と風薇は、違う中学出身だ。

「知らないな」

「部活は?」

風薇は茶道部に入っている。

「知らないな」

「1年の芸術は? 風薇、書道だったよね?」

1年にある芸術の授業は、書道・美術・音楽の選択制で、他クラスと合同だ。

私と風薇の1年3組は、4組と合同だった。

ちなみに、私は音楽だった。

「知らないな」

「そっかー」

「どんなやつ?」

「可愛い。綺麗」

「もうちょっとないのかよ」

「えと、背が高めで、すらーっとしてる。脚が白くて、健康的で、なんか美味しそう。髪は長めで、美味しそう。ポニテにすると可愛い。寿司が好き。あと、朝が弱いのかもしれない」

「うん、モカがちょっと気持ち悪いのは分かった」

「なんでよ!」

「それに最後の”朝が弱い”に関しては、まるでどうでもいい」

「可愛いじゃん!」

「しかしなあ、そんだけ目立ちそうなら、見たことあってもおかしくないよな」

「そうなんだよ、でも、見たことないの」

「というか、モカの教室にそんなやついたか?」

「あー、風薇が昼休みにうちの教室来るときには、どっか行っちゃってる」

「ふーん」

ふと、校舎の影をみると、猫がいた。

「あ、猫だ」

「え!?どこ!?」

「あそこ、校舎の方」

「おお!三毛猫ちゃんだあ」

「ああ、風薇は猫が好きだったね」

「そうだぞー、猫は可愛いからな」

けど、猫アレルギーだから近づけない運命だ。可哀想。

「どこから来たんだろうな」

「さあ」

私は犬派なので、あまり興味がない。


そのあとは、

すぐにチャイムが鳴ってしまい、

早々に教室に戻った。

あまり、相談らしい相談をしていないが、

風薇曰く、「自己紹介でもしてろ」とのことだった。

まあ、立川の素性が分からない今、話す話題くらいは見つかるだろう。

問題は、

そもそも私が話せるかどうかだ。


6限が終わり、

いよいよ、放課後となった。

図書委員は図書室に召集された。

何なら、立川と一緒に行こうなどと考えていたが(そんなこと私にできるのか)、

立川はやはり、いなくなっていた。

大丈夫かな。

ちゃんと来てくれるかな。

委員会あること、忘れて帰っちゃったかな。

…………それとも、

いや、これはあまり考えたくないけれど、

実は超不良で、

私に全部任せる気じゃないだろうな!?

いやでもこの前は、

「よろしくね」と、

キラッキラの天使のような笑顔を振りまいて言ってくれたんだ。

そんなことするような立川ではない。


杞憂だった。

図書室に着くと、

既に立川がいた。

しかも、私を見つけて、

ここだよ、と手を振ってくれている!!!!!!!

え!?!?!?!?

いいんですか!?!?

そんな、天使のお導きを!?!?

私は何か、とても気持ち悪い感じの顔で、立川の隣の席に座った。

「おはよう、金子さん」

「あっ、お、おはよう」

”おはよう”なのか?という疑問が先行して、

返答に時間がかかった。

コミュ障みたいになってしまった。

ていうか、

もう、

可愛い。

隣の席に座ると、

こんなに近くに立川の御顔がある!!!!

すごい。

すごいすごいすごい。

飽きない。

顔の良さに飽きない。

「金子さん?」

「あっと、え、えと、何?」

「いや、なんか、ずっと私の方見てるから、何かなと思って」

「ううん!何でもないよ!」

「そう?」

いちいち、可愛いなこいつ。

立川から言葉が発せられるたび、

その口元を見てしまう。

立川の、口…………。

立川は、この器官で、食べたり、飲んだり、吸ったり、舐めたり、あるいは吐いたりしてるんだ…………。

「金子さんは、なんではいったの?」

「え!?なんで吐いた!?」

やばい、心の声が漏れていたか!?

「うん、なんで、図書委員なのかなって」

「あ、あー、”入った”ね。いや、ほら、立川さんも見てたでしょ。私、考え事しててさ、他の委員会に立候補するの忘れちゃってて」

原因は君だぞ。

「そっか、そういえばそうだったね。大丈夫?本当はやりたくないのに、とかじゃない?」

は?優しいな?

天使か?

そんなことないよ、と言っておく。

むしろ、私にとっては運命だった。

ところで、

「えっと、立川さんは、どうして入ったの?」

私が最後に図書委員になったわけで、

立川はそれ以前に立候補していたということだ。

「え、私?」

頷く。

「うーん、特に理由はないかな。あんまりこの学校のこともよく知らないし。でも、図書委員なら大体勝手が分かるじゃん?」

ん?

”この学校のこともよく知らない”とは?

もしかして、

「立川さんって、1年の時は何組だったの?」

「3組」

あれ?一緒?

「あーごめん!それは、前の学校のクラスだった」

顔を少し横に振る立川。

髪が揺れて、良い匂いがする。

「やっぱり。立川さんって、転校生なんだね」

「そうだよ?あれ、知らなかった?」

「知らなかった」

なるほど、道理で私も風薇も知らないわけだ。

立川は2年からうちの学校に来たんだ。

年度中なら、クラスに紹介はあると思うけど、

進級時には、紹介されないんだな。

「はいは~い、やるわよ~」

前方から、ふんわりとした声がする。

図書委員の担当の先生らしい。

あ、英語の縁繰先生だ。

この人は面白い。

面倒そうな先生じゃなくて、良かった。

「じゃあ、皆さんは~、図書委員ということで~」

間延びした声が、やや眠気を誘う。

しかし、私が寝るわけがない。

ただならぬ、緊張状態にあるからだ。

なぜならば、横に立川がいるから!!!!

あー!!!!!

良い匂い!!!

くんかくんか!!!!!!!!



#100日後に散る百合

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