◆詳しい病状◆
*過去の自分のブログの転載です。まだ心疾患についての知識が何もない上に、さらに知識のないダンナからの又聞きであるため、おかしな箇所がありますがご容赦ください。疾患名は担当医が変わった時点で変わっていたようですが、私達は気付いていません。
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闘病記録をどうするか決めてないので、とりあえず忘れないようにメモ書きとして。
まずは昨日4日の朝にダンナから聞いた話=3日から日付が変わった4日深夜の状態。
娘は右心室が極端に小さく、そこから動脈だか静脈だかに繋がる管や弁もほとんど塞がって機能しておらず、そのため心臓の壁に開いている穴から他の部屋に血液が流れ出てしまっている状態らしい。
今は薬で弁を拡げたりという応急処置をしてくれて、とりあえずは大丈夫とのこと。
ただ手術が必要なのは確実。
搬送された先はNICUがある大きな病院で応急の処置と検査はしてくれたが、手術となると別問題で、専門医がいるこの近辺で一番大きなS医大で行うことになるらしい。
なので今の病院は1週間ほど様子を見て退院となるようだ。
退院と言うより転院かな。
この段階では夜遅かったこともあり、詳しいことまではまだのよう。
でも悪いのは心臓だけで、他の臓器や脳や手足などには問題がないらしい。
むしろ元気に泣いてるし、管を引っこ抜こうとしたりしているようだ。
そういうところはお兄ちゃん似?
この病気は先天性の心疾患の中ではそれほど珍しいものではないらしく、手術方法も確立しており、成功すれば何ら問題なく過ごせるらしい。
それを聞いたら気が抜けた。
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次は昨日4日の夜にダンナから聞いた話=4日昼間の段階でわかったことと現在の状態。
まず担当医が当直医からNのトップの小児科医に変わった。
右心室は極端に狭いレベルではなく、まったく成長してないらしい。
そのためきれいな血液と汚ない血液が逆流したりして混ざりあい、それが身体中を巡っている状態だそうだ。
ただ本来であればお腹の中で亡くなっていてもおかしくない状態なのに、3000gを越えて生まれ今も元気に泣いている。
「この子の心臓は強い心臓ですよ」と先生は言ってくれたそうだ。
とは言え帝王切開と搬送のタイミングが遅かったらどうなっていたかわからなかったらしい。
陣痛には耐えられなかったかもと。
いつもはのらりくらりとしてて頼りない感じの産院の先生に感謝。
右心室がまったく使い物にならないので、他の3つの部屋で娘なりにうまく血液が回るようにする手術になるらしい。
まずは血液が混じりあうのを止めなくてはならないので、手術は恐らく2回に分けて2段階で行われるとのこと。
S医大には小児の心臓手術に関してすごい先生がいるらしく、今の担当医とは知り合いで執刀を直接頼んでくれるとのこと。
大学病院などの大きな病院では何だかんだいってあれよあれよという間に他の先生になってしまうことがあるらしいのだが、「必ずこの先生にしてもらえるように私がします」と言ってくれたそうだ。
ありがとうございます。
「ただ悪い話もあります」と。
ダンナも私にそのまま言い、血の気が引く。
「オリンピック選手にはなれません」
……なんだ、残念。
なでしこジャパンにしようと思ってたのに(笑)
「でも普通に生活できます。運動もできるし走れます。結婚もできるし、多少のリスクと管理は必要になりますが赤ちゃんも生めますよ」と。
……この時点で涙腺が決壊。
息子もいたけど号泣。
「この話を聞いたとき俺も泣いた」とダンナ。
大丈夫だ、大丈夫。
娘は大丈夫。
お腹の中で亡くなる可能性もあったのに、ちゃんと大きくなって生まれてきて元気な産声も聞かせてくれた。
この子は強い子。
だから大丈夫。
今すぐにでも外出許可をもらって会いに行きたいところだけど、娘を信じて耐えよう。
今は自分の傷を治すことに専念しよう。
そう決めた。
「もう泣かない」と言えるほど強い人間ではない。
「娘に涙は見せない」なんてそんなの絶対無理。
弱音も吐くし愚痴も言う。
でも娘の生命力を信じて、一緒に泣いて笑って前を向いて進んでいく。
息子もダンナも一緒に。
それでいいよね?