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心からの言葉と、彼女と。

「なんで、人生ってこんなに難しんですかね?」

デスクに座り、パソコンをたたいている彼女に背後から語りかける。彼女は大きな二重の目を細めて笑いながら振り返り、こう答えてくれた。


「どうした?笑 でも、わかる。人生って難しいよな」


こうやって仕事をしながら、答えの出ない問いについて話し合うのが私たちの日課だった。




同じ言語を使い、同じ国の人同士でも、

言葉が通じやすい人と、通じにくい人がいるなとしばしば感じる。

言葉が通じやすい人、とは、言語能力とか語彙力とかそういう話ではなくて、

自分から発した言葉が、すっと伝わる感覚。そこに何のつっかえもなく、形も温度も変わらず、言葉が流れて飲み込まれる感じ。逆に相手の言葉も水を飲み込むようにすーっと染み渡る。そんな人に、時たまだけれど出会うことができる。

彼女はそんな、数少ない人の一人だ。



出会ってから2年余り。

同い年だが、彼女の方が2年以上早く入社していたので、会社の先輩後輩という関係だった。

「何歳ですか?」

そう話しかけてくれてから、ずーっと、堰を切ったように会話が途切れることがなかった。

生きてきた環境、見てきたもの、住んでた国、生まれた場所、全てが違うのに、

お互い、“その時に考えても仕方のないこと”や、“今すぐ答えが出ないこと”について、延々と考えてしまう。そんなとこが似ていたと思う。

人生のことも、家族のことも、人との関係のことも、国際的な国と国との関係のことも、何事も話した。

彼女の前では、言葉が鮮やかな色を持つ。形を持つ。

彼女の言葉の色も形も、私にはくっきりとわかる。ぼんやりしているものなど1つもなかった。

考え方が自分とは違うなと思っても、なぜかしっくりと受け止められる。

賢さを映す言葉たちが光っていた。納得し、感嘆した。



「そんなことをそこまで考える人、なかなかいないなぁ。田中って本当に頭おかしいね! でも、その通りだよ!笑」


そう言って、彼女はいつも大きく笑った。


「いや、〇〇さんも、そんなこと考えてるじゃないですか。日本だけで育ってきて、その仕上がりはだいぶ頭おかしいです。笑」


私もいつもそう返して、2人で笑った。


仕事場で顔を合わせても、帰宅してからも、ラインで様々なことを話した。気になったことがあれば意見を聞き、インパクトを受けたネット記事を送り合い、夜中まで話した。

うちらは考え過ぎだね、考えすぎちゃいけませんね、人生色々なんですから考えすぎたらウツ病になっちゃう、いやでも私たちってネアカ(根が明るい)だからさ、それはないな、そう言って笑って話を締めくくる。そうやって昇華された人生の靄が、どれだけあったことか。



そんな彼女が、やっと、退職の意思を示した。

やっと、と思うのには理由がある。

彼女のことを知れば知るほど、この会社に居ては良さが生かせないなぁと思った。会社の元の体質と、彼女の元来の気質が違いすぎた。私も思うことは多いにあったが、彼女はもっとだろうなぁと簡単に想像はつく。どちらが良いと言うのではない。相性に尽きる部分があるのだ。

彼女と会社の話をするたび、私は「ここにいては勿体ないですね」と口にしてしまった。本当は、居てもらわないと困る。彼女にしか相談できないことがある。成せないこともある。でも、私は会社よりも彼女が好きだ。


そんな彼女はある日、決意した目で、でも穏やかに、辞めることにしたよ、と小さな声で言った。

私は、やっとですか、と言いながらも、とうとう来たかと、ずんっと腹をくくった。




退職が近づいた休日、ご飯を食べ終えて並んで帰る時、鮮やかなネオンがうるさい中で彼女は言った。

「ねぇ、田中。手紙を書いたよ。でも、終わりかたちょー適当だからさ、じゃぁねー!ばいばいー!みたいな感じで。笑」

「ちょ、何やってんですか!笑 真面目に書いてくださいよ!笑」

「いや、田中とはこれからがあるからさ。いいんだよなって思って。」

下を向いた彼女の長いまつ毛に、きらきらネオンが影を柔らかく付ける。

人をちょっとでもダメだと思うと関係を絶ってしまう彼女からの“これから”は、とても大きな言葉だったし、気持ちが同じなのが嬉しかった。




退職日が来た時、変わらない笑顔で出勤した彼女と、いつものように中国語で元気におはようございますを言った。

一頻り、どうでもいい話で大笑いした後、

「お世話になったね」
職場で聞いたことないほど温かな声で彼女は言った。

「これからもよろしくお願いしますね」
笑いながら私も、言う。

「田中は大丈夫だよ。これからが楽しみだなぁ。」
楽しそうに、言葉が返ってくる。

私たちは、

明日は何を話し、明後日は何を話すのだろうか。

言葉にどんな形がつき、どんな色が乗るだろう。

これからも、彼女にしか伝わらない言葉があると確信した。

そう思える出会いが、この歳になってからもあることに、感謝と幸せを感じている。






#エッセイ #コラム #友達 #言葉 #関係 #人生 #気持ち #小説 #ノンフィクション

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ちぃころ
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