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ひまわりのはな、落ちて夏

遠距離をして10年目の夏だった。

パキパキに晴れた日にはノースリーブと決めている。まあるいなで肩にワンピースのそでを引っ掛けてストンと下ろす。あの人のもとに走る時、きっと思いっきり揺れてくれ、スカート。

会うのは9ヶ月ぶり、そして仕事でしか来ない彼と会えるのは夜だけ。それでも信じていたリングに載せた未来を。

やっと会える、やっと会える、やっと会える。まずは顔を見られればよかった。そんな気持ちがずっと続くんだと思っていた。

待ち合わせ場所はアマン。最高級ホテルは自分の名前がルームキーとなる。何人ものドアマンの笑顔をくぐり抜けてやっと、33階のフロント。迎え入れられて顔で通るあの世界。一歩入れば抜ける様な天井。

部屋につけば1面はガラス張り。空を飛ぶような感覚。ベッドを見たらひまわりの花束。夏生まれのあなたに似合うという意味の英字が添えられている。彼がこの部屋に帰るまで、あと何時間あるのだろう。

ここできっと何かがパリンと音を立てた。

ひまわりの花束の花びらを指でつまむ。少し引っ張るとぎゅーっと花びらが伸びる感触。若々しい花びらの艶のあるハリ感。まだまだこの花として留まりたいって命がいう。それをまたさらに力を込めて引き抜こうとする。きぅーーと音がするようだ。ああ、命のつなぎめがいま、ぽんっとその中心から離れた。

きぅーー、と、ぽんっ、を、繰り返す。きぅーー、ぽんっ。きぅーー、ぽんっ。ゆっくりゆっくり。なるべくゆっくり。きぅーー、ぽんっ。命のつなぎめを引き裂かれて、血が出ないなんて不思議。きぅーー、ぽんっ。

一つ一つ、指でつまんだ。ものすごく、今までの人生でなによりも丁寧にそれをした。花束は抱え切れないほど大きかったが、一つとしてそこに花びらを残すつもりなんてなかった。ひたすらにそれをする時に、なんの感情もなかった。でも、それをしなければならないと思った。今の私はきっと、死ぬほど無表情。

きぅーー、ぽんっ、を繰り返すうち、ダブルのシーツは黄色で埋め尽くされ、ひまわりの花束には茶色い頭だけが残った。ふぅ。ほら、こっちの方がわたしには似合ってる。

夏生まれの君に似合うなんて、要らない。命を削る遠距離なんてもういい。会えてればそれでいいのに、アマンなんて用意してくれなくていい。でもきっと帰ってきた彼と私は抱き合う。彼と抱き合うとき私はいつも、このまま死んでもいいと思う。だけどもいつも死ねない。そしてそれに安堵する。

ダブルベッドに広がる花びらはきれい。そこにひまわりの死骸を投げる。シーツをそっとめくってその中に潜る。眠りに微睡む境界線で思う。ひまわりの花、落ちきってやっと夏がくる。


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ちぃころ
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