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ジュラルミンのロマン

 子供のころ、ジュラルミンが好きだった。
 ジュラルミンの価値を理解していたからではなく、ジュラルミンで出来たアタッシュケースが、スパイめいたピカレスクな雰囲気を漂わせており、子供心をくすぐられたからなのだと思う。

 ジュラルミンはアルミニウムに銅やマグネシウムを化合した(アルミ95%,銅4%,マグネシウム0.5%)軽く丈夫なアルミニウム合金である。
 ジュラルミンには銅とマグネシウムの配分を調節して強度を高めた超ジュラルミン、さらに亜鉛を加えた超々ジュラルミンなどがあり、主に航空機車両の部品に使われている。
 
 

ジュラルミンはどれくらい硬いのか。

 ブリネル硬さ(HB)というヘンテコな名前の硬さの指標によれば、

 純粋なアルミニウム:20HB
 ジュラルミン:105HB
 超ジュラルミン:120HB
 超々ジュラルミン:160HB

 ジュラルミンに比べて純粋なアルミニウムがマシュマロみたいなものというのは分かっても、これらは全てアルミが原料なのでいまいちピンとこない。

 そこで比較対象として以下の通り。

 木材:20~30HB
 ポリカーボネイト:100HB 
 ステンレス:600HB
 ドリル:700HB
 酸化アルミニウム(セラミック):2000HB

 すなわちアルミニウムがジュラルミンになることで木剣がバイクヘルメットくらい丈夫になる。木でどれだけ叩いたってヘルメットはびくともせず、早々に木がへし折れることを思えば、その強度の差は歴然だ。

 しかしステンレスやドリルといった常識的に「硬って~~!」と感じる物質と比べるとお豆腐みたいなもので、さらに同じアルミニウムが原料のセラミックを前にするとちょっと可哀そうになってしまうくらいのギャップがある。とはいえセラミックは確かに硬いが、衝撃や曲げに弱く、加工が困難だ。そしてジュラルミンよりも約40%も重い。
 機械部品や構造物として活用する際は、軽く、割と丈夫なジュラルミンのほうが勝る。

 ジュラルミンはとある偶然の産物で、その奇跡的偶然を引き当てたのは1人のドイツ人だった。


アルフレート・ヴィルム(Alfred Wilm)

 彼は1869年にドイツに生まれ、冶金学者として活躍した。
 彼は鋼と同じように焼き入れ(組織の構造が変化する温度まで加熱して急速冷凍することでその強度を高める工程)によってアルミニウムも丈夫になると考えたが、むしろ柔らくなってしまい失敗した。
 そして軽くて丈夫な合金の研究を行っていたある日のこと、偶然アルミニウムと銅を混ぜた合金を長時間放置していたところ、時間の経過とともに組織が安定化して硬度が高まる時効効果が起こることを発見した。
 ジュラルミンは常温で硬化し、夏季なら数日、冬季でも1週間ほどで硬く丈夫になる。
 ちなみにジュラルミンの名称は、この合金が製造されていたデューレンという町に由来している。画期的新素材が誕生すると、作り手や場所の名前が与えられ、以後永久的に使われ続けると考えると、なんともロマンがある。死後は面影と骨しか残せない人間だからこそ、死に物狂いで発明や発見を目指す気持ちには共感できる。

 ジュラルミンは第一次世界大戦期のドイツの硬式飛行船「ツェッペリン」に採用された。

ツェッペリン 参考画像

 ツェペリンが出来るまで、飛行船は布やポリエステル系の膜材で出来ており内部にガスを溜めて飛行する軟式が主流だった。骨組みを持たないので持ち運びが容易で扱いやすく、現在でも宣伝や空撮に用いられている。

 硬式飛行船は剛性の骨組みがあるため大型化が可能で、大量の貨物や人を運べるし、内部に充填するガスは空気よりも軽量なヘリウムなので浮力と燃費効率が高く、長距離の飛行が出来る。
 
 しかし硬式飛行船は現代でほとんど使用されていない。
 建造コストや操縦の難しさなどもあるが、最も大きな要因の一つは1930年に起きたヒンデンブルク号爆発事故だろう。

ヒンデンブルク号爆発事故

ヒンデンブルク号爆発事故 参考画像

 当時は飛行船の中に水素ガスを詰めていた。中学生の頃に水素を溜めた試験管の口にマッチを近づけて、プチ爆発させる実験をしたと思う。
 水素は可燃性のガスで、ものを燃やす性質のある酸素と良い感じに混ざった時、激しく爆発する。
 かつてはアミューズメントパークで配られる風船にも水素ガスが使われていたが、爆発のリスクが高いので現在はヘリウムガスに取り替わっている。

 ヒンデンブルク号に何が起こったかと言うと、じつは確証のある原因が分かっていない。
 水素が原因であったのかも分からない。水素のようには爆発しないだけでヘリウムガスが充填されていても飛行船の外皮が炎上するかどうかには関係しないので、場合によっては同じ末路が予期される。
 有力な説としては表面の可燃性の塗料が静電気によって引火したのではないかと言われている。97人の乗客のうち35人が死亡した。
 この事件を境にやたら水素ガスが悪者にされ、硬式飛行船そのものへの信頼もガタ落ちして、以後ほとんど使われなくなってしまった。

ジュラルミンの弱点

 すでに説明した通りジュラルミンは銅との合金だ。銅とアルミニウムの電位差が原因となり、水分や塩分が豊富な環境で腐食しやすい。純粋なアルミニウムに比べてジュラルミンはすぐに劣化する。
 この問題を解決するためにアルマイト処理を行う。
 アルマイト処理とはアルミニウムの表面を人工的に酸化させることで酸化アルミニウムの膜を作り、内部に酸素や水分が侵入するのを防ぐ。
 記事の始めのほうで酸化アルミニウム(セラミック)を紹介した。アルミニウムの表面をセラミック状のものでカバーすると考えれば、強化の仕組みに納得しやすいかもしれない。
 軽くて丈夫な特性から、航空機や船舶、建築用材に用いられるため、腐食が進むと大事故につながりかねない。定期的なメンテナンスが必要となる。


まとめ

 日常生活でジュラルミンを手にする機会も増えたと思う。実際に持ち上げてみるとその軽さに驚かされるし、その材質の堅牢さも相まって「盾に良さそう」なんて小学生男子の心をくすぐられてしまう。

 超ジュラルミン、超々ジュラルミンといったように、年月を経るにつれてより軽量でより丈夫な素材が生まれていく。
 2023年にBSSジャパンという自動車部品製造メーカーが、超々ジュラルミンを超える新素材フォルテガを用いた自動車ホイールを発表した。ケイ素(シリコン)を混ぜることで従来のホイールに比べて耐久性は20%向上し、重量は10%減少した。
 フォルテガには高い製造スキルが求められコストも嵩むので、一般向けの大量生産や超々ジュラルミンに取り替わる未来を見るには、まだまだ待つ必要があるが、今後の進化が楽しみでならない。 

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