ゴドーなんて来ない(アセクシャルのカミングアウトにおける「待つよ」問題とか)
Tinderに性的指向項目が実装されたという一報がタイムラインで流れた際、一部Ace界隈がそわっとした。(私が見ているのはごくごく一部だと思うので、全体かはわからない)
初見の印象は、『大手がそういった実装するのは喜ばしい』だった。Aceにとってのパートナー探しというのはかなりハードルが高い。あってしかるべきとされる『恋愛感情や性欲がない』という悪魔の証明をヘテロへすることは至難の業であり、そこから落とし所を見つけていくのはさらに難しい。だから、Aceでパートナーが欲しい人にとってはとてもいい実装だろう。AceがAceと出会えること自体がすでに結構なハードルなので。
だが、その裏っかわで私が何を考えていたかといえば『なりすましとか大丈夫なんだろうか』ということだ。正直に言えば、あの手のマッチングアプリには”ヤリモク”がわんさかいるイメージが強いからだ。
そしてその日の午後タイムラインに流れてきたツイートに『Tinder登録する際にヤリモクだと思われたくないから性指向をAceにした人が複数人いる』という旨のものを見つけ、は~~~~そうやろなあ解散!!!!と思った。実際そんな感じのことを呟いた。よかれと思って実装された機能もツールを使う人間によって良い方向にも悪い方向にも転ぶのは自明だ。本当に最悪なことだが。
ちなみに、このnoteを書くにあたり一応噂を確かめるべくTwitterにて『Tinder』とワードを入れるとサジェストされるのは『即』『ハ〇』だ。性嫌悪持ちのAceにとってはキッツイ。本当にきつい(ダメな人はすみません)。もうその時点で噂を確かめる気力がごっそりそがれてそのままアプリを閉じた。私にはもうその体力がなかった。申し訳ない。まあでも、今回書きたかったのは『ヤリモクを前面に出したら引かれちゃうからAceの覆面を被るヘテロ』についてではない。(ただ、こういう利用は本当に絶対に許されるべきではない。性的指向項目の実施自体が無に帰す行為だ。アセクシャルは『ガツガツしてない自分』を演出するアクセサリーではないのだから)
この件で、『アセクシャルに理解を示す彼君』のことを思い出したのだ。
かつて私にはヘテロだと錯覚しようとしていた時期(なんでそんな事をしてたかって、『マジョリティだと錯覚しておかないと現実がつらいから』だった。もちろんAceをはっきり自認する前である)があり、ヘテロと付き合っていたことがある。性嫌悪持ちのアセクシャルにとって性交どころかボディタッチもキツイのに、である。(ちなみに性嫌悪であることもこの時点では自覚していなかった)最初はマジョリティ側にいたいがためにギリギリまで我慢していたが、そのうち限界が来た。
これ以上我慢できないなと思ったとき、私は対話をしようと思った。できるだけ相手を傷つけないよう、ついでに自分も傷つけないよう理論武装に理論武装を重ね、脳内でシミュレーションを重ねた。いつカミングアウトしようか迷って二の足を踏んでいたが、ある日突然本当の限界が来た。ボディタッチを我慢している最中のことだった。
頭の中で何度もなぞったはずのカンペもぶんなげ、私はおそらくアセクシャルであるということ、君はいい人であると思うということ、でもそもそも恋愛感情がわからないこと、ついでに人へ向ける性欲がないということ、そんなことを後半は半分泣きながら言ったと思う。
この『彼君』はとても優しく、良識があった。こちらの話をさえぎることもなく聞き、共感を示そうとしてくれた。
柄でもなく、私はこの反応に期待した。もしかしたら分かり合えるんじゃないかと、そんなことを思った。彼は考えた挙句、こういった。
「俺、待てるよ。chiltが大丈夫になるまで」
いやそんな話してねえんだが????????????????
いまの私なら反射でそんなことを思うが、当時は冗談抜きで頭真っ白になった。平たく言ってものすごくショックだった。
こんだけ言葉を尽くしても分かりづらかった? 私の伝え方が悪かったですか? 普通の感情持てない私が悪いんですかね? とか多分そんなことを考えてたと思う(嫌なことは積極的に忘れて振り返らないタイプなので、当時のことを明確には覚えていないのだ)
しかも、私は他人に弱みをさらすと死ぬと思ってるタイプのマインド野生動物だった。無論、自己開示はそれこそ死ぬほど苦手である。それでもやっとのことで血反吐吐きながら「あのね、ハンティングされたくないんです!血抜きされて皮ひっぺがされて食肉になるのは嫌なんです!」と同種族に説明したつもりが「わかった、いきなり銃撃たれたらびっくりするよね。猟銃じゃなくて罠猟にするね!」とトラばさみを持ってきて「ここに設置するから君がいいときに罠にかかってね」と言われた気分だった。…うん、ちょっと違うかもしれない。
ただまあ、友達だった期間のほうがずいぶん長い相手だったので、こうも分かり合えないものかとショックだった。『待ってればそのうち慣れてボディタッチ(ないしは性交)できる』という判断をされたことが本当にショックだった。しばらく平静を装ったが、余計に無理が祟って会う事すらおっくうになってそのまま疎遠になって別れた。彼にゴドーは来なかったのだ。
その後しばらくじたばたした結果、次の彼氏ができた。できてしまった。
二回目の彼ピは付き合ってから判明したが、前彼よりもヘテロ意識の強いヘテロで『いやいや、知らないだけっしょ笑 俺が教えてあげる』というタイプだった。最初は「待てるよ」をカマしてきた割に。そこになければないって何度言わすんだよ。無から有は作り出せないんだよ。もちろん来ねえよゴドーなんか。はだしで逃げ出すわ。
そんな紆余曲折がありAceを自覚すると、世界はずいぶん性欲主体で回ってるんだなあと気が付いた。ネットや電車、街、TV、ラジオ、ひっきりなしに行きかう情報の装飾を剥いでいけばだいたい同じメッセージを内包しているように感じる。この状況に、『ゼイリブ』という古い映画を思いだした。
貧困層の主人公がひょんなことで手に入れたサングラスによって、世界が宇宙人に乗っ取られているということに気づくという映画で、個人的にはオールタイムベスト10には確実に入る一本だ。主人公がサングラスを通して見る世界では、地球を支配する宇宙人(支配層のメタファーだ)が、広告やメディア媒体にいろんなメッセージを埋め込んで下層の人間たちをサブリミナル洗脳している。『眠っていろ』『子供を作れ』『考えるな』『消費しろ』、金を見れば『これはお前の神だ』という始末だ。陰謀論者みたいだが、私には世界がこんな風に見えるときがある。洗脳するならきっちりやっとけよ。私はネオ(@マトリックス)にはなれないのに、ただただ無力感を味合わされるだけだ。悲しい。
先述の『アセクシャルに理解を示している(つもりの)ヘテロの彼君』たちと、『ヤリモクを前面に出したら引かれちゃうからAceの覆面を被るヘテロ』の根底って、結局これに尽きると感じる。
“性欲のない人間なんてない” “こんなもん気の持ちよう”
ヘテロにはマジョリティの自覚がない。理解を示すふりをできても、理解はできない。違う人間同士なので、その隔たりを完全に埋めることは不可能だ。でも、マジョリティは自分たちが多数かつ強者であることに無自覚な場合が多い。『アセクシャル?? か~らの~~~???』的なクッソうざいチャラいノリで結局みんなヘテロだと信じて疑わない。だから“アクセサリーとしてつけといてもいいだろう。だってガツガツしてるとモテないし”なんて考えができるのだ。私だって、ヘテロが全員がそう考えてるだなんて思ってない。ただ、悲しいことに多かれ少なかれそういう考えを持つヘテロは多い。これは私の経験上の話だ。
“性欲のない人間なんてない” “こんなもん気の持ちよう” “いつかいい人が” “いつか分かる日がくる” “付き合ってみれば変わる”
さして知らない人にも、多少知ってる知人にも、友人にも親にだって同じことを言われ続けてきた。洗脳がいい感じにキマッてた時期は私も「いつか」なんてお題目を唱えていた。でも、待っても努力しても、「いつか変わる日」というゴドーは来なかった。だから私は腹を括った。『ゼイリブ』の主人公のようにレジスタンスのヒーローにはなれなくても、せめてサングラスをかけて生きることにした。
性欲のあるなしも、恋愛感情のあるなしも、例えそれが“気の持ちよう”だったとしても、それはあなたがジャッジすることではない。私があなたたちヘテロをジャッジする権利を持たないように、逆もまた然りだ。当人が触るなと言ったら触るな。ないと言ったらない。それこそワンチャンなんか絶対にない。他者との関係で構築される完全なる相互理解なんてものはない。
ゴドーは我々のもとになど絶対に現れない。
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